その気でやる男 太田あきひろ

北・足立ニュース

きた・あだちデイリーニュース: 2009年6月アーカイブ

迅速かつ効果的な水防活動で被害防ぐ/応急・復旧に必要な資材も備蓄/東京・北区 

 

荒川防災.jpg 荒川の洪水被害から下流域の都市生活を守ることなどを目的とした「浮間地区荒川防災ステーション」が5日、東京都北区の荒川沿いに誕生した。

 荒川の河口から約23キロ上流の北区浮間地先に整備された同ステーションは、洪水による被害を防ぐ水防活動、洪水や大規模な地震によって災害が発生した場合の復旧活動を行う防災拠点施設。荒川および都内では初めての防災ステーションとして、北区と国土交通省が共同で設置した。

 敷地面積は約1万平方メートル。中心施設となる水防センター(広さ約400平方メートル)は水防活動用の資機材を備え、災害時には応急・復旧活動の最前線基地となる現地対策本部として利用される。

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 荒川防災ステーションを視察する 太田代表

 

 

 

 

   

 

  

 

  太田あきひろです。
  昨日、地元北区に完成した「浮間地区荒川防災ステーション」の開所式に出席しました。
  荒川防災ステーションとは、洪水時や地震時に水防活動や復旧活動を行うために必要な資材を備蓄した監視や対策司令を行う防災拠点として、北区と国土交通省が共同で整備したものです。これで、荒川下流の全域(北、荒川、足立、墨田、江東、江戸川区など)が洪水から守られ、もし140mも土手が決壊しても防ぐことができます。荒川の北の守りです。
  実は荒川は江戸時代初期に行われた土木工事によって、原型が作られました。そして、明治43年(99年前)の大水害を契機に放水路として、計画・整備が行われました。もともとあった川と思っている人も多いと思いますが、人がつくったものです。すごいことです。来年で100年です。
  実は利根川は東京湾に注いでいました。東の果ての沼地の多い江戸に転封される、いわば嫌がらせを受けた徳川家康が、土木工事を行い、利根川を太平洋に注ぐようにして、稲穂の繁る江戸につくり変えました。
  私は土木工学、耐震工学を大学時代に専攻しましたが、治山・治水という国の基本には、壮絶な戦いと意思があったことに感慨深いものがあります。
  近年、ゲリラ豪雨など新しいタイプの災害が目立つことを踏まえ、新たな対応が改めて重要です。さらに頑張ります。

太田代表
荒川の防災拠点開設で

 

090606-3.JPG 公明党の太田昭宏代表は5日、東京都北区内に誕生した「浮間地区荒川防災ステーション」の開所式に出席し、祝辞を述べた。
 同ステーションは、荒川の洪水被害から下流域の都市生活を守るため、堤防の保護・復旧に必要な資材を備蓄した防災拠点。同区と国土交通省が共同で整備し、復旧活動に必要な指令室を備えた水防センターが中心施設となる。