「早雲の軍配者」に続く、武田晴信(のちの信玄)の軍配者・山本勘助(四郎左)を描いた力作。醜い顔、齢四十を超えながら無為の日々を過ごしてきた四郎左が、命をかけてやっと得た主君と軍配者の役割り。智略のみならず、千草や雪姫との情愛、足利学校で共に学んだ風摩小太郎(北條氏の軍配者)、曽我冬之助(扇谷上杉氏、後には越後の上杉氏の軍配者)との生死をかけた心の通い合いが快い。
私の読書録の最近のブログ記事
「早雲の軍配者」に続く、武田晴信(のちの信玄)の軍配者・山本勘助(四郎左)を描いた力作。醜い顔、齢四十を超えながら無為の日々を過ごしてきた四郎左が、命をかけてやっと得た主君と軍配者の役割り。智略のみならず、千草や雪姫との情愛、足利学校で共に学んだ風摩小太郎(北條氏の軍配者)、曽我冬之助(扇谷上杉氏、後には越後の上杉氏の軍配者)との生死をかけた心の通い合いが快い。
「免疫の意味論」の多田富雄さんは2001年5月2日、旅先の金沢で脳梗塞で倒れ、死線をさまよう。右半身は完全に麻痺し、言葉はしゃべれず、嚥下障害。飲むこと、食べること自体が命がけ。驚くべきことにこの書は、その後、約5年の間に書かれたものだ。哲学も思想も文化・芸術も、とくに能楽にも造詣の深い多田さんが、壮絶な戦いのなかで、その深き透徹した人生観を語ってくれているが、何といっても"生きる"そのものの自らの新たな境地を語ってくれる。一言一言が、衝撃でもあり、ある箇所では息が止まり、また数分静かに考えたりもするほどだ。リハビリを始めてから、自死を考えていた多田さんが、今までの自分ではない「新しい人」が目覚め、わき出してくることを感ずる。「鈍重な巨人」「寡黙なる巨人」が動き出す。一歩ずつ。そして小さな、かすかな一歩が感動となり、涙をぬらす。小林秀雄についても語る。「死は日常茶飯事で、地獄も浄土も身近にそこにあった。それを醒めた目で眺め、たどり着いた想念が無常観だった。いまわれわれが感じている不安、不確実性は、中世にあった無常と通じている。だが現代は無常などといって心を澄ますことはできない。動物的にただ不安がっているだけだ。それは常なるものを見失っているからだと小林は指摘する。常なるものがなければ、無常を見ることもできない」――地獄を見た多田さんの言葉だ。
伝説の竹中労さんの没後20年。「左右を弁別すべからざる状況」――大杉栄はこの危機を打開するのは右も左もない、共に連帯して立ち上がれといった。竹中労はそれをまさに平然と動きに動いた。「人は、無力だから群れるのではない。あべこべに、群れるから無力なのだ」――鈴木氏は、「自分が見、話を聞いた竹中労、心酔した竹中労、そして時には争い、ぶつかった竹中労」をどんどん描く。私も1970年前後、竹中労や太田竜、「現代の眼」などもかなり読んだ。1985年頃に、直接会い、本書に出てくる何人かを紹介してもらったこともある。会ってもカベが全くなく、話にも、書くものにもリズムと勢いがあった。本書で紹介している「どうしてタイの民衆が貧しいと日本人はいえるのですか?」という民衆への愛情と思想の拠点、権力への怒りがあった。
私の場合「左右」というより「上下」の軸――下から現場から生身の人間から、烈風のなかグチもいわず生き抜く靭い庶民の側に立つ。「如実知見」「諸法実相」「依正不二」「蔵の財より身の財、身の財より心の財」。そんなことも話し合った。時代を振り返りながら読んだ。
NHKで大河ドラマ「平清盛」が始まった。画面が汚いといわれたそうだが、重厚な画面を受け入れるだけのパワーが現代社会にないのかもしれない。平将門・藤原純友の承平・天慶の乱(935年?941年)、前九年の役(1051)、後三年の役(1083)、院政(1086)、源義家の昇殿を許可(1098)、保元の乱(1156)、平治の乱(1159)、平清盛が太政大臣(1167)、源頼朝の挙兵(1180)、壇ノ浦の戦(1185)、鎌倉幕府の成立(1192)、後鳥羽上皇の討幕と幕府の反撃の承久の乱(1221)・・・・・・。まさに源平興亡の300年だ。
しかし、常に、源平の戦いの上には朝廷があり、戦いには「錦の御旗」を常に掲げた。武士の力は巨大化したが、武家政権を呪縛し続けた朝廷の権威こそ自らの正当性を保障する「錦の御旗」であり、それは幕末まで続くことになる。しかもこの源平激突の時期には院政というシステムまで築かれた。まさに、鎌倉幕府が、朝廷との妥協の上に成立したことが、その後の歴史に宿命的に継続されていく。永久不変におかしがたい「権威」である。
「奢る平家は久しからず」「平清盛悪人説」「屋島や壇ノ浦のエピソード」「頼朝と義経」――。本書は、それらの真偽、誇張、謀略、逸話と尾ひれ等々についても、解説してくれている。
ここ数年、かつては男性のものだった趣味が、「女子」の生活に浸透。居酒屋、焼鳥、登山、釣り、自転車、住宅は都心の高層マンションなどといった「アウトドア系女子」。歴史・文化遺産や寺めぐり、写真、ファッションはシンプル、住宅は日本的好みなどの「文化系女子」などがふえているという。いわば「オヤジ系女子」。消費行動も明らかに違う。当然だろう。京大の建築学科は3割が女性だというし、私の土木系にも女子はめずらしくない時代だ。その背景として「男女平等意識の拡大」「女性の高学歴化、働く場の拡大(それはOLでもないし、バリバリのキャリアウーマンでもなくサラリーマン女子の時代)」「私立中高一貫女子高」「父親の影響で趣味が伝授される一卵性父子の時代」「未婚者の増加」などを三浦さんは指摘する。こんな時代に、男性並みに働きながら、一昔前の女性らしさを求められてもストレスが大きすぎるし、ムリしたら身体をこわす。
いつの間にか、元気で優秀なのは「女性」といわれるようになったが、それは元気で優秀な「女子」がまわりにあふれている時代だ。三浦さんは数多くの洞察、分析をしてくれている。















