映画だとスーパーで研修することになった織田裕二の県庁職員と、そこで働いているパートでありながらリーダー役の柴咲コウの店員が、心を通わせていく様子が描かれている。原作には柴咲コウではなくて、40代の20歳の息子をもつ母親のパートさんが出ている。映画はそうしなければ面白くないということがよくわかる。
小説はまた小説で、データ、数字、書類のエリート県庁職員、役人さん。責任を極力避けようとするマニュアルの役人さんが、現場と人を見て、自分で動いて「県庁の星」が、「県民の星」の道を見出す様が描かれる。

映画だとスーパーで研修することになった織田裕二の県庁職員と、そこで働いているパートでありながらリーダー役の柴咲コウの店員が、心を通わせていく様子が描かれている。原作には柴咲コウではなくて、40代の20歳の息子をもつ母親のパートさんが出ている。映画はそうしなければ面白くないということがよくわかる。
小説はまた小説で、データ、数字、書類のエリート県庁職員、役人さん。責任を極力避けようとするマニュアルの役人さんが、現場と人を見て、自分で動いて「県庁の星」が、「県民の星」の道を見出す様が描かれる。
「あるある大辞典」の納豆ダイエット捏造問題はいい機会だ。センセーショナリズム、記者の思い込み、不勉強や勘違い、利用する企業・団体。まさに科学報道のはらむ危険な構造。
極端に白・黒2分法では判別できないのが現実の世界であり、科学の世界だ。メディアの世界では、どうしても単純で、白黒で分け、分かりやすい、面白いものに飛びつきがちだ。誤った情報に騙されることも起きる。それにしても「白インゲン豆ダイエット」「寒天ダイエット」「中国産野菜報道」「DDT報道」「環境ホルモン」「無添加食品が無添加でない食品より健康にいい」「合成発色剤は発がん物質」「昔はよかったの過ち」「マイナスイオンの大流行」「遺伝子組み換え食品」「バイオ燃料」――科学の正視眼からみると、これらはいったい何であったのか。またその話題はどこへ行ったのだろう。本書はそれを示し、副題の「あやしい健康情報とニセ科学」がよくわかる。
3月15日に産業再生機構が4年の歴史の幕を閉じた。400億の利益を出し、41社の復活、出口を見出した。
政府、メインバンクそして対象企業。そして官と民。摩擦は当然であったし、必要なのは現場力ともいうべき現場の力業だ。使命感ともいうべき熱と力がなければ成しうるものではない。
「逆風と血の雨をくぐりぬけて、『日の丸ファンド』はこうして日本をよみがえらせた。"失われた10年に終止符を打て!"と、小泉内閣が命運をかけて挑んだ戦いのドキュメント」とあるが、バランスシートを考える銀行と、企業を復活させるという考えに立つ人とは迫り方が違う。世界のなかでの金融と企業を考えなければやっていけない時だ。高木新二郎産業再生委員長、斉藤惇社長、富山和彦COOをはじめとする若いメンバーの頑張りがあってできたが、引当金などの制度改革、そして経済が再建されてきたというさまざまな要因があっての成果だと私は思う。
「国のかたちを見すえて」の副題が付いている。税の専門家であり、財政がわかるうえに、とにかく現場を歩いて、発想も豊か。文明論も確か。大武さんに会うたびに多くの刺激を受けてきた。
本書はとにかくデータが的確で、豊富である。一つ一つのデータも丁寧に見させていただいた。指向するところは同感で、思考にメリハリ、締まりができたと思う。