その気でやる男 太田あきひろ

私の読書録

私の読書録: 2007年10月アーカイブ

「昭和16年夏の敗戦」。そのとき、戦ったら敗北することを提示した総力戦研究所があり、30代の若き精鋭が集った。しかし現実に戦争になだれ込む。「数字を誤魔化すと国が滅びる」と猪瀬氏は、官僚システムの宿痾を示し、「空気」に捉われない「歴史意識」を磨き、事実に基づいての論理とデータに立つ屹立した1人の人間を求める。
「組織や時代の空気に流されずに生きろ」ということを、私は大衆社会、メディア社会のなかで、より痛感する。

突然、怒鳴り始めた老人に出会った人は確かに多い。老人の暴走というより、若者よりも老人がキレるようになったことをどう解釈するか。まさに藤原さんは「人と人とのかかわり方の根底的な変化」を社会分析する。自分自身ではないかと危機感をもった。
1つは「時間」――「待つこと」の耐性に欠ける大人の増加。待つことが苦手、せっかちで先を急ごうとする。待つことのトラブルの増加。待つことが当然だった社会が「待たされることに苛立つ社会」になった。時間帯・スケジュール・帯グラフ人生、どうものんびりと日向ぼっこするおだやかな老人でなくなっている。競争社会を猛烈にスケジュールで来た、しかも指導的立場にあった人がリタイアしてもその感覚は身体に染み込んでいる。自分の時間を奪われることへの怒り。音楽、スポーツ、読書、情報、新しい態度を身につけないと、時代不適性の新老人となる。そしてそれはIT社会から取り残され、焦りと孤独を生む。
2つめは「空間」――地域社会が非地域社会となり、孤独、家自体も個室化する。臭気の攻撃で社会を攻撃するゴミ屋敷、騒音に対するイラダチ、家庭に居場所がない。
3つめは「感情」――社会のマナー、常識のコードが日々更新され、順応できない老人は情動を爆発させる。患者や生徒は「お客様」で医師も教師もサービス業になってしまった。サービス社会では笑いも表情管理、労働となる。クレーム社会だ。

政府・企業・個人の連携による解決策、総力戦の必要性をいっている。この種の他の本と違うところがある。それは、国内そして諸外国を徹底して調査してきわめて現実的、具体的な方策を示していることだ。子どもを産みやすく、育てやすい環境を創造するために、企業のネットワークによる子育て支援サービス、生活塾。そして企業としてワーク・ライフ・バランス戦略は「海外の両立先進企業から学ぶ(両立支援はハイリターンの投資)」「中小企業から学ぶ(中小企業の職場環境は遅れているというのは誤り)」などを示す。育児休業を取得したとき、日本では「所得ロス」「キャリアロス」「業務知識ロス」の3つが生ずるが、欧米企業はそうでないことも示されている。

 

資生堂の役員・池田敏秀さんの11編の子供の頃、青春時代の思い出、逸話だ。団塊の世代。私のように戦後の田舎に暮らした者としては、あまりにもよくわかる話だが、私にはこんなドラマはない。それは田舎をずっと昔に離れて、京都に、東京にと住んだ者と、池田さんのように、千葉という東京に近い所で生活し続けている人の違いかもしれないが、それにしても大変なドラマがあるものだ。山本周五郎や浅田次郎の描く庶民の世界が、3丁目の夕日のような郷愁とともに見事に描かれている。題名が内容の良さを代弁していないと思うが・・・・・・。