官僚制を歴史的にたどり、現在のいわゆる"官僚政治"の弊害を浮き彫りにしている。
しかし、私が感じたのは、そうしたことだけではなく、むしろ政治を行う者の人格と志、その中核にあるグーテンホーフ・カレルギーの哲学だ。パン・ヨーロッパ運動の提唱者であるグーテンホーフ・カレルギーの「友愛」は鳩山兄弟に受け継がれるが、私自身、カレルギー伯が来日した時の講演を学生時代に直接聴いた。
カネがあることでは、尊敬されない日本。グーテンホーフ・カレルギーが「西欧と違って、清らかこそ美的価値であり、倫理的価値でもあるという日本人の特異性を、人類共通の価値にまで高めようとした」ことにふれ、「美的な生き方を尊重する文明こそが未来に希望をもたらす」とカレルギー・池田大作対談(「文明・東と西」聖教文庫)の言葉を明示する。崇高な理想とその実現が、ますます求められている。
私の読書録: 2008年2月アーカイブ
政治家が書いた自叙伝や政策・ビジョンは読書録にのせていない。しかしこの野呂田先生の本は、まさに野呂田先生の日頃からの薀蓄がそのまま出ている見識の本だ。
私は、野呂田先生が演説の時、短い挨拶の時、仲人の時、少人数での懇談など、いろいろな場面に接して、スキのない、キチッとした深さと温かさと意思をもった話に感服してきた。
2万冊を読むなどということは、常人にはできるものではない。しかも、メモまでとって。激しい政治活動をし、しかも国会議員でNo.1の世界各国を回った人で知己も多い。
ここに描かれているのは、野呂田先生の数十分の1、氷山の一角にすぎないがゆえに、さわやかだ。
「大韓民国 CEO 実用主義の大統領、李明博の心の軌跡」という副題がある。
極貧の中で育ち、物ごいの隣に住み、ポンティギ売り、大判焼き売り、高校にも大学にも行けないほどの環境のなかでそれらを自らの五体に刻みつけながら挑戦し、乗り越えてきた、まさに踏み固めた不屈の人生がそこにある。その中には母親、そして父と兄、中学校の担任、現代グループの鄭周永元会長の存在がある。母の人生哲学と涙と闘争心。すごい人生の新大統領に期待したい。
高橋さんと新年会の会場でお会いした。静かで自然で、あたたかで、柔らかな人柄が、この本ににじみ出ている感じがした。
一文一義。短く、明快に、わかりやすく、読み手を疲れさせないように、そして説得力に磨きをかけようと、丁寧に示してくれている。本当にそうだ。心がけなければならないことがいっぱいあり、もっと磨きをかけなければと、恐ろしささえ感じた。
戦略なき大国から戦略あるミドルパワーへ。国家のありようを考えよう、と訴えている。
こういう角度で、ちょうど50年前の国防の基本方針、冷戦中の1976年の防衛計画の大綱、冷戦後の95年の大綱、9・11テロ後の2004年大綱の背景と制約を、歴史を丁寧に探りつつ明らかにしており、きわめて意義深い。取材を重ねて描き出しているだけに臨場感があり、きわめてわかりやすい。貴重な仕事に感謝したい。
現在、東京家政大学学長の片岡先生の20年前の著作。池ヶ谷直美さんとの対談と各テーマについて語った本だ。
「グリーン、グリーン」や「飛んでったバナナ」などの作詞もしている片岡先生は、子どもの教育は勿論、地域との交流、学長の立場など活動は幅広い。
しかし、背景には、「性と死」「生と死」という哲学があり、深い。そしてやさしさ、温かさがある。
先日、対談をさせていただいた。「性や死をどのように子どもたちに伝えるか」「現代の社会は死をかくし、悪をかくす。しかし、子ども達は、"こわい"ものに魅かれ、見たい欲求がある。その全てをいかにして見せていくか。その丁寧な発達過程における学習を助ける忍耐と許容が親には必要だ」「"飛んでったバナナ"も船長さんに最後食べられてしまう。ハッピーエンドではない。そうした物語性と哲学性を入れた」「民話、伝統文化、そうしたなかに人間の智慧がある」「"いないいないばー""鬼ごっこ""かくれんぼ"などの遊びにも智慧がある」――など、蓄積された言葉に感動がヤマほどあった。本書はその思想・哲学的源流だ。













