その気でやる男 太田あきひろ

私の読書録

私の読書録: 2010年4月アーカイブ

100423-book.JPG  雇用がかなりの部分を占めるが、じつは本質的論議が示されている。副題に「停滞と成長の経済学」とあるとおりだ。「今の日本に足りないのは希望ではなく、変えなければ未来がないという絶望ではないか」と池田さんはいう。
  日本にとって最大の課題は、手詰まりとなった財政・金融政策ではなく、日本経済の長期的な潜在成長率を高める政策だ。GDPは資本・生産性・労働力の三要素だから、その実力自体をアップする。金融・労働市場の改革によって生産要素の移動を促進する改革が大切だ。新しい産業の投資機会を増やすこと。古い産業構造を解体して起業する。また起業意欲こそが成長のカギであるから、そうした意欲をもつ仕組みに変えること。
100416-book-2.JPG 対話。しかし重松さんは鶴見さんの「講義」を生徒として聞いて、生徒冥利に尽きるという。決して高みに立つことのない、フェアで新鮮な好奇心――鍛え抜かれた思想・鶴見さんの姿にふれて対話が進行する。難解な思想・哲学とは違って淡々とした対話だ。
 「自分はこういうふうに生きている」「きみはどうか」――それが私にとっての哲学だと鶴見さんはいう。
 「普通の家庭だと子供を一人ぼっちにしない、子供に失敗の悲しみを味わせないことが親の愛だと思う(思いがちだ)が、一人で生きられる力をつけさせることが子供を育てるということだ」「友達万能時代(友達100人できるかな・・・)。一人になるということに対する耐性・免疫がない。つながりたいといつもケータイ、メール」「成績がいいということと、頼りになる人間とは違う」「ひらめきがあって持久力もある人はいま少ない」「現役ということ」「理屈や言葉だけでなく、実行する人を評価する、生活に密着した行動する人を」
 対話とは、こういう人生の生の重い言葉にふれられる喜びだ。
100416-book-1.JPG 自分で立って、自分で考えて、既成・既存・お仕着せの体制・仕組みに距離をおいて行動する――鶴見さんの思想と哲学がこんなことまで語るのかと思うほど率直に語られる。40年以上共に歩んだ黒川さんが聞いているからこそ、語られている。鶴見さんの歩んだ一本の道に、多くの思想家・哲学者・詩人・学者たちが縁し、人生をぶつけ合う。深い。これ自体が日本の思想史だと思った。
100413-book.JPG  2001年に発行された本だからもう10年になる。経済や社会の諸現象を理論やイデオロギーで切り取って解釈してくれても、確かにワクワクはしない。逆に「それはユダヤ人による」などという切り口に飛びつく時の方がワクワクしたりするが、それば物語性があるからであろう。しかし、そこにも違和感があるのは最初からマユにツバをつけているからかもしれない。また論者の独りよがりの思考が読者を呪縛し切れないのは、私たちが葛藤や矛盾をあふれんばかりに抱え込んでいる存在であるとともに、人間が主体性とともに人と人との間という関係性のなかに生きる存在であるという「間」への認識が欠けがちだということにもある。世界、広がりと奥行きへの認識だ。
100409-book.JPG  温暖化ガス?25%の検証がされている。麻生政権で出した2005年比15%減(90年比?8%)、鳩山政権の90年比?25%を中心として、昨年来の中期目標の6つの選択肢(P35)を検証している。2050年、先進国80%減についても茅さんは「先進国半減、途上国ほぼ倍増が現実の限界か」ともいう。中期目標も1)京都議定書目標との整合性2)長期目標との整合性3)他国、特に先進国との衡平性4)実行可能性――などについて分析する。
  国際的な公平性指標の考え方も種々ある。2050年には、電力に頼ることになるが、その時に原発は80%近くを担うことになる。GDPへの負担、家計への負担・・・・・・。種々検討しているが、25%減はヒマラヤ登山、麻生目標でも国内の相当の山登りにも似たものだ。排出権取引も含めて、本書は判断の仕方を示してくれている。

100402-book.JPG  いじめなどの教育現場の深刻さ、教員採用をめぐる大分県の賄賂事件などを背景にした殺人事件を浅見光彦があばくミステリー。わが東京・北区を1つの拠点として活躍される内田康夫さんのデビュー30周年記念の3か月連続刊行の第1弾、それがこの「教室の亡霊」だ。社会問題を常に背景として、こうしたミステリーがよく描かれるものだと感嘆する。面白い。