私の読書録

変わる日本史の通説と教科書  本郷和人著  宝島社新書
2022/01/14
     

kawaru.jpg古代から近世までの歴史――。「鎌倉幕府の成立は1192年ではなく1985」とか、教科書で昔習ってきたことが変化しているようだ。それらの"定説"の変化への疑問等を解説してくれている。

「青森県の三内丸山遺跡など巨大集落の存在によって、縄文人は狩猟採集だけでなく、クリやヒョウタン、マメ類などを栽培していた」「邪馬台国は畿内説が有力」「仁徳天皇陵は世界最大ではない。仁徳天皇陵古墳は考古学的には仁徳天皇に結びつけることは難しい」「聖徳太子の業績(17条憲法、遣隋使派遣等)には疑問が出ている。一万円札の像についても衣冠が違っており"伝聖徳太子像"と言う教科書が多い」「『大化の改新』は、孝徳天皇時代の一連の改革、中大兄皇子と中臣鎌足らが蘇我蝦夷・入鹿を討ったクーデターが『乙巳の変』」「天皇と言う称号を最初に使ったのは推古天皇の頃ではなく、天武天皇とする説が有力」「摂関政治は不安定な政治体制だった」「鎌倉幕府――源頼朝によって諸国に守護が置かれ、全国の荘園に地頭が置かれたのが1185年、1192年は征夷大将軍。最近は1185年をとる説が教科書に載るようになっているが、定まっていない」「源頼朝の肖像画も足利尊氏の"騎馬武者像"も本人ではない」「応仁の乱は『応仁・文明の乱』に教科書も変わっている」「長篠の合戦には三段撃ちも騎馬もなかった (武田の軍馬はポニーで降りて戦った。

「"島原の乱"は乱と言うより一揆であり、『島原・天草一揆』」「存在感の薄い江戸時代の朝廷だが、幕末に向かって『国学』『伊勢神宮詣でなどの庶民による意義発見』が起きた」「田沼意次の政策再評価――江戸時代の改革は節約・倹約政策だったが、経済活性化策、経済刺激策をとった」・・・・・・。

きわめて率直に解説している。「歴史は暗記物ではない」――受験用に暗記させるから面白くなくなってしまう。


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