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被災地にカツオが戻った! 復興から再建へ 突破口を開く

津波で壊滅的打撃を被った水産業の街・宮城県気仙沼市。巨大な津波に漁港はのまれた。
そこは、大小の船が陸に放置されたままの、まさに「現場」。屈強な海の男たちの無念泣きが、太田のまぶたに浮かぶ。
ある人は言った。
「議員の先生方は、みんな来るだけで、なんにもやってくれないんです」
政治家が顔を見せても時に数分の滞在。不信感が募る。

太田は違った。じっくり聞き、現地の事情を理解し、ニーズを探る。

太田は問うた。何が必要なのか──。

「何としても6月にカツオを揚げたい。冷凍用の氷、船を動かす燃油、それにエサがほしい」

太田は帰京するや、すぐさま農水大臣や水産庁長官に、国の財政支援を直談判するなど、カツオの水揚げ実現に全力を注いだ。
その後、農水大臣と水産庁長官が現地を視察。漁師が太田と同様の訴えを長官にぶつけると、「太田さんからも伺っております」との答えが。
「動いている」──肌で感じた。

そして6月28日、ついに気仙沼にカツオが揚がったとのニュースが全国に大きく流れた。テレビ画面には、躍動する漁師たちの姿が。太田が気仙沼を訪れた5月1日から約2カ月後のことだった。 復興への烽火だった。

気仙沼市は2011年、15年連続のカツオ水揚げ日本一に輝いた。漁師たちの意地と団結が、そこにはあった。

政治は、会議室にはない。現場には「匂い」があり、「空気」がある。だから、現場に行ってこそ「優先順位」が分かる。

これからが日本再建の正念場。太田は、現場から動き、日本を動かし、現場を変える。


>>気仙沼市での太田あきひろの取り組みは、
公明新聞(2012年3月11日付)でも特集されました。

東日本大震災で被災された皆さまに心よりお見舞い申し上げますと共に、一日も早い復旧・復興をお祈り申し上げます。

「太田さんは分かってくれた」

気仙沼漁業協同組合
佐藤亮介 代表理事組合長

 3月20日、200人近い漁協関係者が集まりました。そこで私は「6月になったら市場を再開する」と言いました。
 言った私にも、確固たる見通しがあったわけではありませんでした。しかし、そう聞いた瞬間、みんなの顔が明るくなったのを、今でも覚えています。「そうだ、カツオだ」と。

 漁船は、それを受け入れる冷蔵庫や加工所などの背後施設がないと、水揚げできません。気仙沼は背後施設が、津波で、まったくなくなりました。
 議員の方々は、気仙沼に来る人、来る人、皆さん初めてですから、私は、毎回、毎回、交通整理をして、「背後施設がないと漁船が動かないんです」と、何度も一生懸命に話しました。
 太田さんにも率直に状況を説明しました。太田さんは、ゆっくり、いろいろな話を聞いてくださいました。

 復旧は、やれる人からやっていかなくてはなりません。一方で行政は、「全体」を考えなくてはなりません。しかし復興は、個々の企業が連動して、はじめて全体が成り立っています。
 太田さんは、この産業構造を、よく理解してくださって、「個々の企業に援助を出してほしい」という私たちの要望の意味を分かってくれたんです。

 その後、農水大臣から電話をいただきました。なんで私の携帯に電話がかかってくるんだろうとビックリしました。
 「太田さんからも強く言われています。何とか私も、一生懸命、力になりますから」というお話をいただきました。大変うれしかったです。
 直接お会いした時も、太田さんのお名前が出てきました。

 結果、国として個々には出さないけれども、グループとして、そこに予算を出しましょうということになりました。ご尽力をいただいた皆さんには、本当に感謝しています。

 とはいえ、復興の道のりは、まだ1割5分程度です。これからは大きな国の力が、さらに必要です。現場を見ないで、現場の人の話を聞かないで、東京だけで考えていても、復興支援はできないと思います。ほんのわずかな差ですけど、この差で全部が決まってしまうんです。
 そのわずかの差を埋めるために、太田さんには、ぜひまた現地で状況を聞いてもらって、力になっていただきたいと念願しています。

(2012年2月29日)

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