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誰も解決できなかった地域課題 太田だから変えられた

「いったい、どこに、何を言ったらよいのか分からない」
 「何が一番、大変なのかが、よく分からない」
 そうして"あの日"までに、はや20年以上が過ぎ去っていた──。
 今、"あの日"から7年、ついに地域住民の悲願は現実のものになろうとしている。

 足立区小台方面から北区・田端駅へと通じる都道白山小台線に、JR東北本線と交差する「第2下田端踏切およびガード」がある(北区東田端2丁目)。
 この都道は、田端駅や商店街に近く、通勤・通学や買い物などの歩行者・自転車が多く行き交う。
 しかし、前後区間では両側それぞれ幅3メートルある歩道が、踏切とガードによって1.3メートルと極端に狭くなっている。そのため、通行やすれ違いに不便。時には、車道に出る歩行者や自転車もあり、路線バスなどの通行に支障を来し、渋滞や接触を引き起こしてきた。

 なんとか、ガードの拡幅ができないものか......。
 地元・東田端の住民をはじめ、多くの人が尽力してきた。2002年(平成14年)には、4745筆もの署名のもと、区議会が拡幅に関する陳情書を採択し、都やJR東日本に提出している。

 しかし事態は、なかなか動かなかった。なぜか──。

 一つには、東京都、JR、国交省の道路担当部局が、「三すくみ」になっていた。「ガードの拡幅」という工事自体、通常よりも高額な費用を要することは明々白々。誰が、どういうかたちで負担すればよいのか。あえて火中の栗を拾う者など、いなかった。

 二つには、技術的な問題だ。JR東北線の橋梁の橋台が、道路の両脇にあることから、拡幅するためには、橋そのものを架け替える必要があった。道路には車両や歩行者が毎日通行し、線路も鉄道が毎日運行している。どう影響を最小限に抑えるか。どう安全を確保するか。技術的な壁は厚かった。

 しかし、だからといって手をこまねいていてよいのか。「道が良くならなければ、街は良くならない」──太田が、この問題を取り上げたのは、2005年(平成17年)2月25日、衆議院予算委員会だった。

 「現状が一体、どうなっていて、何が難しいのか。どうすれば打開策があるのか、国会で真正面から取り上げるしかない」

 写真を用いて状況を説明しながらの、必死の訴えだった。

 太田には許せなかった。
 20年以上たらい回し──。
 こんな無責任を放置していて、何のための政治なのか。誰のための国会議員なのか。

 「本当に国会で、自分たちの思いを取り上げてくれた」
 「今まで誰も、ここまでやってくれなかった」
 地元住民には喜びが広がった。

 太田の懸命な追及に、ようやく国が動いた。
 国土交通省の道路局長は「切なる地元の願いを真摯に受け止め、関係の方々と鋭意、協議を進めてまいりたい」と回答。

 さらに国土交通大臣からは「JR、東京都、関係する区の皆さまと、しっかり協議をさせていただき、知恵を出して、よい方法で、この長年の課題を解決できるように、私どもも、しっかりと取り組みをさせていただきたい」との画期的な答弁を引き出した。

 以来、状況は音を立てて進展した。
 ただちに3月8日には、国土交通省道路局長や東京都の担当者などの視察が実現。
 そして2007年度(平成19年度)に、踏切の遮断機が移設された。
 さらにガード部の拡幅についても、現在、工事が進められている。電車の運行を確保しながら新しい橋台を造り、1日だけ道路の通行と電車の運行を止めて旧い橋を撤去し、新しい橋に架け替えるというものである。

 かつては国会でも政府側から「ガード部につきましては拡幅が難しい」と言われていた。多くの人々の熱意と太田の後押しが、現実を突き動かしたのだ。

 これによって、ガード部の歩道は、かつての幅1.3メートルから、両側とも3メートルへと、実に倍以上に広がる。2014年度(平成26年度)には工事が完了する予定という。

 この第2下田端踏切およびガードの歩道について、太田が国会で取り上げてより早7年。ようやく地元の夢が叶おうとしている。
 「政治主導」──口にするのは簡単だ。
 しかし、それを成し遂げるためには、足で稼いだ精緻な裏付けが必須である。そして、いわゆる"族議員"に見られるような利害関係、官僚の影響力を排除しうる、確たる目線が求められる。

 まず、やるべきことがある──徹底して「現場」に軸足を置き、しがらみもない太田あきひろだからこそ発揮された「政治主導」の成果が、一つ、ここにも垣間見える。

(2012年3月15日)

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