現代の揺らぐ「結婚」についての5つの物語。他人が一緒に生きるのだからすれ違い、わかり合えないのは当然といえば当然。結婚、同棲、婚約、不倫、同性婚、離婚、慰謝料、家庭、家事の分担、金銭感覚、世代間格差、それぞれの生育環境・・・・・・。社会が激変し、あまりにも違う男女が縁によって結び合い、「婚姻制度」の過程の中で生ずる軋みや葛藤、すれ違い、衝突、癒しと安定、愛と幸福・・・・・・。それを5つの物語として、心のひだに添うが如く実に見事に描写する。リズムもユーモアもあって引きつけられる。
「Thank you for your understanding」――家族の期待に応え、ついに恋人とお正月に帰省する決意を固めた小暮華、38歳。華は大手食品会社で課長に抜擢されていた。結婚しようとしていたのは同じ女性の樹だった。それを聞いた家族の驚き、それまでの華の悩みと葛藤がぶつかり・・・・・・。
「Beautiful Dreamer」――。地方出身で大手食品会社の派遣社員の花織、27歳。同じ会社の中嶋恵斗と付き合って1年。結婚したいと思って迫るが、煮え切らない今風の恵斗。他に付き合ってる彼女がいることがわかり・・・・・・。派遣の不安定と弱さ。「わたしは今夜も夢を見る。愛する人と結婚したい。マイホームが欲しい。キッチンは広いといいな。・・・・・・ささやかで、ありふれた、わたしの夢」・・・・・・。
「小鳥たち」――。離婚して郷里に帰り、実家の書店を継いだ佐々木一葉。そこで偶然、初恋の人・越智に出会う。越智は家庭内不和で奥さんは子供を連れて出て行ってしまい、3年ほど別居中。職場もストレスが溜まり、適応障害で休職中だった。二人は語り合うようになり・・・・・・。「結婚という船は転覆した」「マサハルの浮き輪は妻子に投げられわたしは波間に沈んでいく」「慰謝料は減額しません」「ふっと肩から力が抜けて、素直に涙が零れた。----浮き輪を投げてくれる人がわたしにもいる」・・・・・・。浮き輪も、止まり木も人生には必要だ。
「Position Talk」――。大手食品会社の小暮課長のもとにいる佐々木律。同じ会社に勤める朱里と婚約中で入籍目前。結婚後のことを朱里は次々迫る。「東京で余裕のある結婚生活を送りつつ、子供に満足のいく教育を受けさせたいと思ったら、ダブルインカムの一択しかないでしょう。でも妊娠出産て何が起きるかわからない」「結婚はエンジンがニ馬力になると同時に、トラブルも倍に増えるシステムだ。考えるほどに疑問が浮かぶ」「(会社でも)なんで女ばっかりこんな目に遭うの・・・・・・結婚したら、家事も育児も絶対に平等に分担して。出産したら一日でも早く仕事に復帰させて。保育園が見つからなかったら律が育休を取って」・・・・・・。ついに決定的な衝突になるが、昭和の男だけでなく今も男はやっぱり甘いようだ。
「C'est la vie」――。47と42の年増不倫カップルの花江祥子と坂元伸一郎。ミシュラン二つ星シェフのコンビでもある。伸一郎には妻子があり、「しんちゃんは週の半分をわたしと過ごし、残りを自宅で過ごす」。仕事も恋も魂を分け合ったニ人だが、そこにシェフとして若い渚が侵入してきた。「お花畑」はいつまでも続かない・・・・・・。
ままならない結婚----。特にセクシュアリティ、ジェンダー、共働き社会、パワハラ、セクハラ、企業文化の激変もあり、男女問わず大変な時代を生きている。
息をのむほど美しい舞鶴湾。京都・ 舞鶴を舞台にして、戦後から令和の今に至るまで、ある家族の人生をじっくりと描く長編小説。中心となるのは「わたし」(石丸光太)と美しい姉の皐月。二人を取り巻くタワシ爺ちゃん(田鷲公作)、その従兄のマジー(竹園満穂)、カメばあちゃん、ツルばあちゃんの姉妹。父の紀夫、母・菜々江・・・・・・。そして京都の扇子の竹古堂の小竹家(皐月のもう一つの実家)、舞鶴市の町の人々・・・・・・。絆は深く、とても豊かで個性的、落ち着いている。「あぁ、こういう時代があったのだ」「日本の地方の街の豊かな絆と人情と生活が・・・・・・」。昭和21年生まれの皐月、24年早生まれの光太。私と同世代の主人公、そして戦後の混乱、道路も車も電気器具、高度成長、京都の学生時代・・・・・・。懐かしく、思いに浸りながら読み進んだ。
「舞鶴湾全体が俯瞰して眺められる展望台からの景色は言葉がないほどに美しくて雄大でした。行政が作った観光スポットだという先入観を持ってそこへ行った人は、舞鶴湾そのものの圧倒的な包容力に胸を打たれると思います。それはときに風景であって風景ではない、慈愛とか融和だとか、許容だとか清潔な精神そのものであったりするようです。わたしにとってはそうでありつづけましたが、皐月ちゃんにとっても、五老スカイタワーの建物の前の柵のところに立って舞鶴湾に眺め入るときは、おごそかな心になって、新しく生き直す活力を得たときがあると述懐したことがあります」・・・・・・。美しい舞鶴湾というだけでないことが伝わってくる。
光太も皐月も実は大金持ちだった。皐月はアストン・マーティンに乗り続けていた。「俺たちは、世のため、人のためになることに遺産を使えなかったなあ、と心の中で皐月ちゃんに語りかけました。タワシ&マジーが命を懸けて荒海を突っ切って奪い取りわたしたち姉弟に遺した35貫目の羊羹から生まれた資産はてつかずのままです。・・・・・・ただ、ふたりが託された莫大な資産は一銭も減っていません。つまり、なんにもしなかったので、カネがカネを呼んだ分だけ増えたということになります)・・・・・・。戦時中、戦後の混乱時は今ではとても考えられないことがあったのだ。
そして戦後の凄まじい発展のなか団塊世代等は生きてきた。何もなかったが、何かがあった時代を見事に描いている。
江戸で手習い所を手伝っているふゆ。ふゆは利発だが、疱瘡のあばたが全身に残り引け目を感じていた。そんなふゆに手習い師匠の重右衛門は目をかけた。「ふゆには、賢さだけでなく、素直さと思慮深さの両方がつながっている」「顔は猛烈、頭は抜群」と、すべての掛かりを免除、大事にした。その養子に入った宗三郎に恋心を覚えるが、花嫁となったのは老舗の箱入り娘・ほのだった。それどころか宗三郎は、ふゆを手籠めにした。「そもそも賢さなんぞ女の強みにならないし。うん、どっちにしたってお前は圏外。分かるかえ。おまえは一生、外側にいるしかないんだ。私らの側には入れない」「け、ん、ぐゎ、い」・・・・・・。宗三郎からの強淫が続き、妊娠してしまう。
「堕ろせ」と宗三郎。家を追い出されるふゆ。「圏外」と蔑まれながら、ふゆは心の中の美しい珠の存在を信じている。そして、根岸にいる現人神のように敬われる女医者・おこまのもとに身を寄せる。そして10年、産医の修業をし、おこまさまの後を継ぐことになる。自らのあばた、妊娠や出産をめぐる理不尽をあまりにもたくさん受けてきたふゆは決意する。「いかなる理由や働きかけや脅しがあろうと、女は、産まされてはならぬのである。それと同じく、いかなる理由や働きかけや脅しがあろうと、産めないことがあってはならぬのである」「わしはその扶けをするのだと、それがわしの一生涯の仕事だと、いっそ運命だと、そのように、わしは思うた」とのおこまさまの言葉が胸に響く。何をやっても、「ぶつぶつのせいである」と引け目をもち拡張してきたふゆだったが、「ようやく、違う」と気づく。「強いていうなら、神様が決めたんだろう」・・・・・・。そして女たちを助ける「ガイトホイス」、ふゆを恃みとする者らが寄り添う夢の国を作ってしまうのだ。
「けんぐゎい、くゎいぶつ」・・・・・・。「私の持って生まれた味とはなんだ」「外側だの、世間並みだの」「人生の当たり籤、外れ籤」――そんな雑頭の中でふゆは自分を生きていく。周りの女性それぞれの生き方を内面から濃密に描いた作品。
人間の暗黒面を描いた圧倒的な深さと面白さを持つ凄みのある素晴らしい連作短編ミステリ。著者はドイツのライプツィヒ大学法学部教授で初のミステリ作品だという。訳も切れ味ある秀逸。ベルリンの刑事弁護士エーファが手がけた9つの忘れがたい事件と裁判。「人が罪を犯すのは、人生における最も弱く、最も暗い瞬間です。ほんの小さな決断が全てを変えてしまう。被害者の人生はもちろん、加害者の人生も。その暗黒の瞬間を描きたいんです」と著者は語り、訳者の浅井さんは、「華麗な法解釈、息詰まる法廷劇、謎が明らかになるときのカタルシス、それらを通して描かれる人間の矛盾と欺瞞----本書には読者が法や裁判を扱う優れたミステリに求めるすべてがある」と言っている。
30年以上、刑事事件に関わってきた辣腕弁護士のエーファはキャリアに幕を引くことを決意、自らが担当してきた9つの事件を振り返る。エーファは、依頼人のために全力、のめり込む。一つ一つが濃密で深く、人間の闇を切り裂く。
「第1の事件 正当防衛」――。年金生活者の老人が暴行され、高額の絵画を盗んで逃走する少年を猟銃で射殺。エーファの力で「正当防衛」が認められ無罪に。しかしこの老人は念入りに仕組んだようで・・・・・・。
「第2の事件 生かしておく」――。名声を博していた小説家のラリッサが兄を殴って殺した。兄は小説家になろうとして挫折、妹につきまとい金を得ていたという。エーファは、「埋めよ」と隠蔽をアドバイス。しかしこの兄妹には思っても見ない驚愕の真実が・・・・・・。
「第3の事件 少年兵」――。子供を誘拐して、少年兵として訓練してきたウガンダ反政府軍の元兵士。だが、彼自身が両親を殺され、反乱軍に育てられていた。「ストーリーには善と悪が必要だ。加害者と被害者が。だが、今回の事件では境界線が曖昧だった」・・・・・・。
「第4の事件 塩」――。女子学生が、男性と浮気し、その家庭は崩壊。子供を預かった際、砂糖でなく塩を大さじ2杯もかけさせたところ、子供が死亡。裁判でエーファは過失致死で無罪を勝ち取ったが、女子学生は全く喜ばず失踪。「私、彼女から償いの機会を奪い取った。罰を受けることを私たちは妨げた。だから彼女は自分で自分を罰することにしたのよ」・・・・・・。罪と罰。
「第5の事件 人食い」――。「最大の望みは人に食べられること」と言う男を、処刑人46 を名乗る学校教師が己の性的欲求を満たすためにその一部を食べる。謀殺か嘱託殺人か? いやその前に、自殺していたと論証。殺人罪で起訴するはずの事件が、「人食いに執行猶予付き禁錮2年」の驚くべき判決となり・・・・・・。
「第6の事件 遺稿」――。雪の中、薄いセーター2枚の女が死んだ。失恋して自殺だと思われたが----。その夫が約20年後に死んだが、小さな金庫が見つかり、それを開けると、「完全犯罪」という題の小説が・・・・・・。
「第7の事件 強姦」――。若い女が集団レイプされ重傷を負う。11人が被告人となったが、1人だけ先に帰って無実の者がいるはずだった。しかし全員がそれは自分だと言う・・・・・・。
「第8の事件 自白」――。イケメンの外科医が、裕福な実の母親を殺し、犯行を自白するが、どうも辻褄が合わない。エーファは策を巡らし、妻が逮捕され、本人には無罪判決。しかしどんでん返しの恐るべき真実が----。さらにそれをひっくり返すエーファの仕掛け・・・・・・。
「第9の事件 シュテファン・ハインリヒ」――。これこそエーファにとって最も深い暗黒の瞬間の事件。シュテファン・ハインリヒは、ロシアの保健省の役人に100万ユーロの賄賂を渡した容疑で逮捕される。彼の雇い主である医療技術会社がロシアから大口契約を取り付け、2000万ユーロを超える医療機器をモスクワに販売していた。エーファは金は本当にロシアの役人に渡った贈賄の証拠は法廷では証明できないだろうと無罪を確信していたが・・・・・・。思わぬ背任容疑を同僚からも押し付けられ・・・・・・。そして最悪の惨劇の結末に。
罪と罰、法と正義、不可解な矛盾撞着の人間存在の暗黒、嘘と理、そして業・・・・・・。凄まじい事件の表と裏を法律の専門家が剔抉する衝撃的作品。面白い。
「棺桶まで歩こう」とはびっくりするような表題。著者は外科医から在宅緩和ケア専門医となって17年、2000人以上の自宅の看取りに関わってきた。現在は自ら開設した「緩和ケア萬田診療所」の院長を務める。
「歩くスピードや歩幅で、その人の余命がほぼわかる。スタスタと歩ける人は、概ね10年以上生きられる。イスから腕の力を使わずに立ち上がれる方なら余命1年以上。立ち上がれない方は余命半年以内。ちょこちょことしか歩けない人は、余命数ヶ月、歩けない人は余命1ヵ月以内というところです」「人ががんが大きくなって死ぬのではなく、老いて弱って死ぬ。・・・・・・もっと生きたい? じゃあ、立ち上がろう、棺桶に入るまで歩こうよ」「入院すると歩かないから早く死ぬ。家に帰って歩こう」と言う。そして「人の寿命は歩幅と背筋でわかります」と背筋を伸ばして(体幹の持久力がある)、歩き座ることを勧める。
「タンパク質をとっている人は若々しく長生き。新しい細胞の原料はタンパク質。肉を食べている人は高齢でも若々しい」「歩くことにとって大事なのは筋肉ではなく『気力と根性』。『死ぬまで歩く』という目標を持った患者さんたちは、脳が元気になる。そして生き生きとして努力する」「筋肉が歩くには必要だが、大腿四頭筋という膝上の筋肉。この『立ち上がりの筋肉』を『貯筋』しよう」「1時間に10回立ち上がれば歩けます」「背筋を伸ばしてかっこよく座る」「大股でゆっくり、理想は早く歩こう」と言う。
「僕の仕事は『看取り』ではありません。患者とその家族が、自宅で穏やかに終末期を過ごせるようサポートするのが仕事です」と言っている。それは家族が「できるだけ死なないように」「医者が頑張れば頑張るほど、そして延命がうまくいけばうまくいくほど、患者本人の状態は辛く長くなる」と言う。だから「ピンピンコロリさせてくれない薬と救急車」「食べられなくなったら点滴もしないほうがいい」「我が家に帰る安心が一番の薬」「がんが大きくなっても歩けるなら死なない」と言う。
そして、「在宅緩和ケアが充実すれば、安心して一人で死ねます」「高齢になってから生活スタイルを変えることは死ぬよりも怖いこと。最後まで自宅で生きたいと思っている高齢者はたくさんおり、好んで一人暮らしをする方も少なくありません」「頼もしい訪問看護師、ヘルパー、ケアマネジャー、訪問薬剤師」などと語り、病院での終末期医療ではない「リビング・ウィル(治療しない意思を含む生前の意思)」の考え方を示している。
「歩けるうちは人は死なない」「歩けなくなるまでは人は死なない」「延命より満足を、治療より尊厳を」という選択を提唱している。
