1778805956039.jpg本書にもあるが、長く親交をいただいた毎日新聞政治部のジャーナリスト岩見隆夫さんがしみじみ言ったことがある。「政治部長をやりたかったなぁ」・・・・・・。その毎日新聞の政治部長に女性で初めてなった佐藤千矢子さんが、最も「オッサン村」である永田町のリアル、「オッサンの壁」を描く。確かに男優位の永田町、それを「夜討ち朝駆け」で取材する政治部記者----。女性の政治記者にとって凄まじい過酷な世界であることは間違いない。

男性中心社会、男尊女卑社会、「男は外で仕事、女は家庭を守る」・・・・・・。この30~40年で、これが大きく変わってきたし、世代ごとにその感覚は大きく異なっている。著者は、男女雇用機会均等法の制定から2年後、1987年に新聞記者になった。まさに永田町と政治メディアのオッサン村のど真ん中を突っ切ってきたような人生だから、その話は生々しい。

「立ちはだかるオッサン」「ハラスメントの現場」「『女性初』が嫌だった」「女性議員の壁」「壁を壊すには」・・・・・・。一つ一つの事例は驚くものもあり、「あっただろうなぁ」と思うものもある。政治家は、土日もなく朝も晩もなく動くものだから、政治記者は振り回され、過酷な日々を余儀なくされる。政治家の方は自分で予定を決められるが、取材する方は予定が立たない。しかも競争の中で、限られた時間の中での戦いだ。男性優位、オッサンの社会の風圧のなかでの戦いが、どんなに大変か伝わってくる。

「この本を女性はもちろんだが、『オッサン』に読んでもらいたいと思っている。女性の生きづらさは、男性の問題でもある。女性が生きづらい社会は、男性だって肩肘張っているが、本当は生きづらい社会なのではないか」「オッサンは自分たちが履いてきた下駄を見つめ直し、女性をはじめ社会の弱い立場に置かれている人たちの足元を見てほしい」「『オッサンの壁』は超えるものではない。壊すものだ」と言っている。全く同感。 


1778805662146.jpg「学会では聞けない質問を松木先生にぶつけてみた」が副題。松木邦裕は精神分析家。日本精神分析協会会員、京都大学名誉教授。2009年から2025年まで、精神分析の知見と視点を学ぶことを目的とし、臨床家が参加して毎年開催された「松木邦弘セミナー」の質疑応答をまとめた「臨床談義」。人の心の真実や痛みに向き合い続けた精神分析家が率直、丁寧に語る。臨床談義の後の感想は、「明日も頑張っていこうと思った」「先生からエールをもらったように思う」などの声が多かったと言う。人に寄り添うとは、大変な努力と経験と生命力がいるものだと感じる。

「松木先生はなぜこの仕事、生き方を選んだのでしょうか?自分のこころを含めて人のこころを知りたかった」「ストレス解消法教えていただけますか音楽が好きなので、好きな音楽を聴く。広い浴場もいいですね」「先生が臨床実践の中で『うまくできている/うまくできた』と感じる時はありますか?うまくいかなかった、ダメだったな、って思うことの方が多い」・・・・・・

「自閉スペクトラム症、いわゆる発達障害をもつ人たちについての考えは?たやすく決めつけてしまわず、パーソナリティーのありよう全体に目を向けておき、私たちは現在の精神分析での理解と技法で関わることが大切。行き詰まったり停滞したときに、患者の病理のせいにせず----」「松木先生が、これまでに扱いに困った陰性転移は?陰性転移はみんな困りますね。これは治療的なチャンスだと思うけど、個人的にはすごく不快な苦痛なものですね」――大変な仕事であることが伝わってくる。

「精神病を持つ人との関わりに難しさを感じることは?大変難しいです。本人の精神が壊れてしまう激しい恐怖に圧倒された人たちですから、話を観察する、語っている内容とその語り方を観察することだと思う」「人が成長するということについて、そしてその援助のあり方をどう考える?良いところもまずいところもある自分を受け入れていく、それを手伝うのが私たちの援助。その人独自の不幸があり、生きづらさがあり、それが『解きようのないほどこんがらがっている』。現実を見ること、現実を見るまでのわからなさに長く持ちこたえる『ネガティブ・ケイパビリティ』が必要だ」と言う。

「ゲームに浸り、本は読まず。AIで宿題をする若い世代の人に精神分析は浸透できるのか?そんなふうに若い人たちを思っちゃいけない」「松木先生が精神分析を通して持っておられる人間観を聞かせて欲しい喪失や挫折を避けるだけじゃなくって、それを人生に必然的なものとしてその体験を自分なりに受け止める」「人間の心の健康について⇒ ①良いものを良いものとしてどんどん取り入れることへこんだときに自分の良いところを見直し立ち直る『レジリアンス』喪失や挫折が人生にはあり、解決法も見通しもわからないが、性急に答えを出さないで、苦痛を抱え持ち堪える『ネガティブ・ケイパビリティ』----この3つを備えることが大事」と言っている。

人生の臨床談義となっている。 


1776060901851.jpg気候変動や戦争に襲われ荒れ果てた未来の地球。生を脅かされ難民が地表に溢れる一方、富裕層の多くは精神を仮想空間に移し、疑似的な不死を確保していた。そうしたなか、穏やかな湖畔の楽園・ ヘヴンスガーデンが開設されていた。疑似的な不死を望まない者を受け入れ、本物の死を与えるとともに、彼らの望む理想的な最期の時間を提供し、その遺産を寄付させ、難民保護に充てるというのがこの施設だ。

ここで働く元難民のエルムはコーディネーターとして寄付者の「旅立ち」に寄り添う毎日を送る。施設の創設者は「三毛猫」の姿になっており、地球を人の住めないものにした自責や後悔、生きること自体に絶望した人たちを受け入れるが、様々な人の生き様と死を見つめていくことになる。

ここに来た物理学の地平を変える高次元重力理論を探求した天才物理学者リゲルは、結果として核爆発以上の恐るべき死者を出す事件を起こした人物。「わたしは人類が太陽系を出ることを疑っていなかった。地球では、原子を組み換えあらゆるものを生み出せるようになり、貧困がなくなると思っていた。実際に起きたのは、熱波に干ばつ、大洪水、戦争と飢餓と破滅的な事故。科学はただ、富裕層が物質世界から無責任な脱出をするのを助けただけでした。わたしの情熱はここで役割を終えます。変化するためには死なねばならない」と言う。

また大富豪のローズは花園に飛び降り死を迎えたいと言う。ガーデンを訪れた元難民のリンクスは、「世界を壊すだけ壊しておいて、自分たちだけ安全な『もうひとつの世界』に避難するなんてあんまりだ」とオルターワールドの名を聞いたとたんに怒り、エルムと心をかよわせ、ローズを迎える。

絶望的な地球----。その中で生きるか、死ぬか。生きるのが幸せか、死ぬのが幸せか。どういう形で死を迎えたらいいのか。バーチャルの中での不死とは何か、そして幸せなのか。生死をプログラミングして樹木として生きるか、「三毛猫」のように生きるか。創設者「三毛猫」は、「いまや絶望だけが、救うべき命を淡々と救う」と言う。

人類のディストピアの未来の中での生き方の選択・・・・・・。「この星の悲しみをため込んだ湖は、ゆっくりゆっくりと水位を上げてゆく。そして、いつかわたしの足跡を消し、倒れたわたしを抱き寄せるだろう。その時、わたしは湖の一部になる。これまで経験されたすべての悲しみ、これから生まれる体に宿るすべての悲しみたちと結ばれ、この孤独は終わる」と結んでいる。 


1776060910572.jpg「おなごの一生は坂道の連続。年齢が7の倍数となるごとに体が変わっていくともいう」「坂をひたすら上っているあいだは目の前しか見えないが、下りになるとぐっと視界が開けて、あちらこちらに目がいくようになる。下り坂でも道端に花が咲いているし、空ではお天道様が見守ってくだすっている。そうしたものに目を向けながら、ゆるゆると下っていけばいいんじゃないか。そんなふうに考えたら、残りの人生も捨てたもんじゃない」――。人生の七ッ下がり(午後四時過ぎ)となったニ人の女ーー水からくりの女(初音太夫)おはつ37歳、染物の型紙職人おもん41歳。たまたま出会ったニ人。「この齢になって肚を割って話せる友達ができるなんて想像してもみなかった」・・・・・・

10代の頃、水からくりの女太夫として見世物小屋をいっぱいにしてきたおはつは、結婚を機に引退、子育てと介護をしてきたが、再び舞台に立ちたいと決心する。「おっ母さんが自分のことから逃げたから、何も残らないと思うんじゃないの。己が目指す星は己の手でとらまえなくては」と娘のおちかからも言われるが・・・・・・。「いましばらくは、己の胸に輝く星を追いかけていたい。ばあさんはすっ込んでいろとは、いわせないのだ」・・・・・・

一方、仕事一筋、型紙職人として技巧を極めてきたおもん。歳をとるにつれ体力も腕前も落ちてきていることを実感し、先行きに不安を抱きつつ娘のおけいとともに生計を立ててきた。「体力や気力と折り合いをつけながらいくしかない」と医者は言い、「古臭いというか新味に欠ける気がする」とおけいは言う。誘われて、思い切って箱根の旅行に行く。すると型紙は一変、意表をつくものとなった。「空に浮かぶ雲なんだ」・・・・・・。「幾重にも曲がりくねった坂を上っていく。ニ人であれば、支え合って乗り越えられるし、下り坂も心細くないだろう」――。境地が一変する。

このおはつと、おもんがあるきっかけで、友達付き合いをすることに・・・・・・。ニ人の娘の結婚、おはつが隠れて付き合う男・新三郎との秘め事、再起ヘ頑張る初音太夫を応援する年配の旦那衆、二人の葛藤と感情のぶつかり・・・・・・

江戸の市井で「七ッ下がりの女たち」の葛藤が周りの者の温かさの中で着地する。 


1778144138078.jpg探偵といってもミステリーではない。不思議な感覚、世界に引き込まれる。「今から10年くらいあとの話」でいずれも始まる7つの連作短編集。

「世界探偵委員会連盟」に所属する「わたし」は、ある日突然、探偵事務所兼自宅の部屋に通じる路地を見失い帰れなくなった・・・・・・。この帰れなくなった探偵の「わたし」は、「世界探偵委員会連盟」の指令で国を跨いで移動して、そこで依頼者からの「人探し」「もの探し」「思い出探し」、ある意味便利屋のような働きをする。そこで遭遇する街の風景やよぎる心象風景が時代の時間軸の中から不思議な透明さで浮かび上がる。

国や街の名前は出てこない。「わたし」も「わたし」のままだ。急な坂ばかりの街、雨でも傘をささな町、夜にならない夏の街、太陽と砂の街、雨季の始まりの暑い街、そして「あの街」の空港で・・・・・・。家に帰れなくなり、一人で漂うように遠い街へ移り続ける「わたし」。

「雨に歌えば――雨でも傘をさない町」では、25年前に殺された女子学生の両親からの依頼。犯人探しではなく「同じ大学の学生を探すこと。両親は娘の最後の日々のことを知りたいと望んでいる」と言う。

「探す人たちは探し物を見つける――夜にならない夏の街で」――自分の祖母のことを知りたい、「話してみたかったな、と思って」との依頼。また結婚相手が付き合い始めた時にデザインした特別な指輪を失くし探す。ここはプロの探偵らしさが・・・・・・

「空の上の宇宙----太陽と砂の街で」――新しいメイドの候補者が信頼できるかどうかの調査。また産業スパイの動向観察。時代はさらに進んで高機能カメラを仕込んだ携帯端末などが駆使。

「夢には入れない――雨季の始まりの暑い街で」――40年前に起きた商社社長の邸宅に武装集団が立てこもった事件の関係者への聞き取り調査を歴史研究者から依頼される。事件の捜査は終了しているが、事件が世の中に与えた影響を調べたいという。

「歌い続けよう――あの街の空港で」――名前ではなく番号で指示される。「展望デッキか。それもまた、指示なのだろう」「今回の任務の本当のところは何なのか知らされないことへのあきらめ、次々に変わる指令に従うしかないことへのあきらめ、ここまで来ても自分の名前を名乗れないことへのあきらめ、あの街に帰れないことへのあきらめ、帰る家がないことへのあきらめ、探偵の仕事が何かわからなくなっていることへのあきらめ?」・・・・・・。全貌を知らされない調査の駒ではなく、ただ探偵としての仕事をしたかった。

存在を消し、与えられた任務の部分だけ行う仕事。しかも喧騒の社会は進む。時代はどこからか統制され、管理され、何のために自分は生きているのかの実感がどうしても乏しくなりがちだ。テクノロジーは進歩し、天気までコントロールできる未来社会の不安が描かれる。その世界は居場所までコントロールされていく不安を伴っている。しかしその中で、「帰れない探偵」は今日も仕事をし生きている。

プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

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