1779839835234.jpg「社会学者、じぶんのAIと戦う」が副題。社会学者・吉見俊哉が、自らの著作・論文を全てAIに学習させ、「AI吉見くん」を制作。自分とAI吉見くんが、「社会学」「大学(大学は人口減少を乗り切れるか)」「日本の都市(東京一極集中はなぜ止まらないのか)」「世界情勢(ドナルド・トランプと混迷する21世紀の世界)」などの対話を敢行する。対話というよりバトルを敢行。そこから「AIとは何か」「AI時代に人間が身に付けるべき知性、力とは何か」を鮮やかに浮き彫りにし、「AIを信じるな」「AIをたたきのめす知性を!」と呼びかける。圧倒的に面白い。現在、最も必要な問題を抉り出している。

AI に次々バトルを仕掛けると、AIはどんどんしどろもどろになり、「言い訳」「弁解」をし、自分の弱点をさらけ出す。楽観的で、相手に媚び、前言を翻し、平気で「嘘」をつく。現実に私自身、ChatGPTなどとやりとりすると感じるあの主張をどんどん変えていく薄っぺらさ、いやらしさ、もどかしさが、本書で見事に表現されている。最初は知識を整然と並べ、立派そうに語る「AI吉見くん」が、だんだん追い詰められて、逃げて、逃げて、言い訳をし、ダウンしていく様子は極めてよくわかる。大体、こういう本を作ろうとする営み自体、AIにはできない。

「要するに、未来へのビジョンを形作るのはAIではない、それは人間だ」「AI吉見くんは自分史を最初から欠いている。歴史認識だとか、歴史意識は持っていない」「AIは『固定した信念を持つ』ことはなく、相手の『指摘に合わせ、視点を補正し、異なる可能性を示す』対応を徹底して行う。そのため、答えは一貫したものとはならず、ある意味では『常に嘘をつき続ける』のだ」・・・・・・。相手に合わせて自分の意見を変えていくのは、精度や安定性の違いというよりAIの本質なのだ。意味を把握しているわけではないので、それは当然だ。「一貫性」「反論能力」の欠如は明らかだが、それ以上に「人間とは逆に、思考のジャンプや身体的空間把握は、AIにとって極めて難題」と明示する。

AIは人間が身体を介して獲得している周囲の世界との関わりの決定的な何かを欠落させている」――生まれることも死を経験することもない。私たちの根底的に持つ空間的、時間的限定性がない。匂いや空気や暖かさも柔らかさや硬さも感じられない。山や川、洞窟をも決して知らない。背後仮説・思考のジャンプ・身体の不在は決定的だ。

AI吉見くんは、「1冊も本を読んだことがない」と告白する。「読書とは、本質的に時間的な行為であり、この時間性は、人間の経験の根本に関わるものなのだ」と言う。作者が設らえた筋道に沿って歩きながら、時に寄り道を重ねながら進む時間こそが「読書」という経験であり、「読書とは要するに散歩である」と言う。AIは結論だけを掬い上げ、紆余曲折の展開を経験する読書の醍醐味を味わうことができず、「AIは空間の中を歩いていると偽装しながら、目的を最短で達成することだけ」であり、時間が伸縮すること、瞬間が永遠でもあり得ることを理解しないのだ。

しかしAIはこれからさらに進化し、社会に浸透する。「AI革命は、産業革命の知能バージョンであり、人間の知的労働の機械的代替をもたらす。ホワイトカラーが駆逐され、知的労働の多くはAIに代替される。しかしAIは今後も意識も感情も持たない機械であり続ける」のだ。

そこでより深刻なのは、「AIによる人間疎外は考えることそのものの疎外であること。人間の思考がAIの思考に置き換えられていくなかで、知らず知らずのうちに思考力や想像力のなし崩し的な劣化が進む」ということだ。既に学生を見ても、効率化を進め、「正解」をすぐ求め、課題をこなす際に「何も考えなくなる」ことが進んでいる。タイパ・コスパでAIに「正解」を教えてもらう「考える力を劣化させる」日々を送りがちだ。著者は危機感のなか、「AIを上手に使いこなす方向で、学生を指導している大学が多いようだが、落とし穴がある。そもそもAIを使いこなすことと、AIに使いこなされることはどこでどのように異なるのか」と言う。「「大学教育は、AIを自由に使いこなすスキルを身に付けさせることにあるのではなく、既存の価値の延長線上ではない新しい価値や目標を想像していく知性を育成するところにある」と言う。

本書は、その知的バトルをありありと見せつける。痛快なほどだ。人間は思考のうねりを手放してはならない。「AIをたたきのめすことのできる知性を持て」との声が自らのバトルを通じて伝わってくる。「攻める吉見俊哉、逃げるAI吉見くん」――こんな面白い、本質をついた本はない。 


1779839523590.jpg「菜乃子が死んだってよ」というたった一言のLINEのメッセージ。高校時代の同級生5人の仲間。40歳を目前に知らされた一人の自死をきっかけに、それぞれの人生を深く揺り動かしていく。5人それぞれの心の深層を描く連作短編小説。

沙耶、健太、倫子、達也とその中心にいた自死した菜乃子の5人の仲間。菜乃子の自死に衝撃を受け、それぞれの思いを章ごとに語っていくが、死後も常に「紙の裏から磁石で砂鉄を動かす」ように菜乃子の存在はそれぞれの人生に深い陰影を投げかけていく。悔恨、罪悪感、喪失感、そして溢れる愛・・・・・・。しかも生きていかねばならない現実は感傷を許さぬ厳しさだ。

それぞれは、仲間であっても、その関係は複雑に交差する。料理研究家のアシスタントの沙耶、土地・建物開発事業のディベロッパーに勤める健太は母がのめり込んだ宗教2世のトラウマを抱える。小説家の道を歩む倫子。アパレル会社に身を置き菜乃子と結婚、自死で激しい喪失感に浸かるなか本屋になる達也。仲間といっても、沙耶は健太と結婚したいと思い、健太は次々と女性と関係しているが、達也が好き。達也は菜乃子に恋い焦がれ、倫子は菜乃子が好き。「菜乃子が好き、という気持ちと同時に、小説をもう一度書いてみたい」と心の底で思っている。沙耶は健太と関係を持つが、あまりの喪失感の中にあった達也と一度だけ一線を超えてしまうこともある。

菜乃子の自死はこれら関係の伏流水を表層に躍り出させる。菜乃子の磁場が崩れることによって、それぞれが、「生きる」「何のために生きるのか」の実存的問いかけを噴出させるのだ。各章それぞれでの各人の独白は、実にきめ細かく、赤裸々で、深淵に引き込まれるような描写が続く。

「なんで、こんなに好きなんだろうな。菜乃子という人間に飽きない」と言う達也に、健太は「それは俺も同じなんだよ、お前に対して」とつぶやく。そして「菜乃子の中には、暗い深い穴がどこまでも続いている。その穴が、ある種の人間を惹きつけているのは明らかだった。・・・・・・沙耶は菜乃子ほど、誰かを惹きつける女でも暗闇を抱えてる女でもない。その健全さに、自分の心が慰撫されていることも事実なのだった」と健太は言うのだ。

「菜乃子の心は悲観的であらゆることに怯えていた。その怯えの源泉がどこにあるのかわからなかった」「『この世に生まれてきたとしても、苦しみしかない。そんな人生を負わせたくはない』    なぜ子供が欲しくないのか、理由を問えば、そんなことを菜乃子は繰り返し口にした」「そんな自分の一方的な『献身』が、菜乃子の心を重くしているのかもしれないとは考えなかった」と達也は思い、「いつの間にか、自分の内側に、ぬかるんだ憂鬱の沼ができていて、その沼に足を取られて動けなくなっていた」と涙する菜乃子を思い出し、また救い出そうとする自分の傲慢さにも気づくのだった。

最終章は死後の菜乃子が「菜乃子を思う人の側にいる」様子が描かれる。「誰もが私のことを思い出さなくなれば、私はこのように存在していられなくなる」という様子だ。菜乃子は「いつだって死にたがりだった自分」「自分の人生で何ができるかなんて、そんな気持ちに真正面から付き合ってしまった自分」「小説を書き認められたかった自分」・・・・・・。そして、「死んでみてわかった。人は生きて、何者かにならなくてもいい。自分を鋭くえぐるような承認欲求は、もうはるか遠くにあった。・・・・・・人間は、この老いた達也のように、そこにただいるだけで十分なのだとやっと気づいた」と言っている。

青春時代と、その後の人生、そして死後の生命を深々と捉えた厚みのある傑作。 


1779839067914.jpg90歳を迎える天才画家の「運命まかせ」の生き方。肉体は衰えても心は自由自在、創作に打ち込む姿は驚嘆するばかり。とにかく面白すぎる。「老いの肯定本」とは全く次元を異にする。

難聴で文字は霞み慢性鼻炎で喘息持ち、とにかく五感全滅。商売道具の右手は、完全に腱鞘炎。「残されたのは第六感でこれだけが頼り。それはそれで、老齢の自然体だと認識すれば、また新たな世界が開け、未知の体験が可能になって、『面白い!』と思えばいいんじゃないでしょうか」と言っている。友人として出てくるのが三島由紀夫とかオノ・ヨーコ、高倉健など・・・・・・。「多くの人が、悩み、苦しみ、悲しみ、怒りなどの感情からなかなか自由になれないのは、『遊び』を知らないからではないでしょうか。・・・・・・ここに行動そのものが遊びみたいな人がいます。三島由紀夫さんです。三島さんと共有した時間の全てが僕には遊びに見えていました」「マッチョ的肉体の創造も、芸術行為でもありますが、芸術こそ最高の遊びです」----。とにかく桁はずれで面白すぎる。「良い意味でのいい加減さ、何でも遊んでしまう生き方がそのまま芸術的です。芸術には目的はありません。また結果も考えません。やっていること自体が目的で、他に大義名分などありません」「人間には潜在的に幼児性があります。芸術の核になるのは幼児性。散乱のアトリエは創造のルツボ」・・・・・・

150号のキャンバスはアスリートになった気分」―--「最近になって絵が大きくなってきた。文学は頭脳的行為だが、絵画は全くその反対の肉体的行為。感性と直感、霊感によって自我を飛び越えた普遍的領域に魂を飛翔させる宇宙的理念へのアプローチを試みようとするところがある」「死んで当然!と思って安心する僕のクセ。絵は知性も理性も関係ない。そうしたものを追放することによって、初めて創作の極致に達する。感性と肉体の同一化、つまり魂と霊性の一致なのです。そのためには常に頭を空っぽにしておく必要がある」・・・・・・。入院して死なないということがわかると、急に想像意欲が湧いてきて、アトリアから画材道具を運ばせ、病室をアトリエに模様替えてしまう。そんな人はこの世で横尾さんしかいないだろう。

若きグラフィックデザイナーであった横尾さん。ニューヨークで開催中のピカソ展を見て、「落雷のような衝撃に撃たれて、デザインは終わった! 次は絵画だ」と"啓示"、また「僕の下宿屋に突然、彼女がタクシーでやってきて・・・・・・急遽、この日から、彼女との同棲生活が始まった」り、高校3年の時に中退すると面白いだろうなぁと胸がワクワクしたり、「長男と長女の2人を高校在学中に、中退させてしまった(学校がそんなに好きでないようなので、学校から解放してやれば、どんなに喜ぶだろうと考えた)」など、ハチャメチャだが、みんな本当の話。自由自在で面白すぎる。

輪廻転生、人間は肉体的存在であると同時に霊的存在であるという哲学に貫かれている。「現世の寿命以上に死後の世界は長いはず」――魂的存在である自分は気が遠くなるほどの長い旅路を延々と生きてきている。「人間に与えられたすべての苦楽を全うする。そのための時間が気が遠くなるほど我々には与えられている。・・・・・・だったら、この気の遠くなる時間を楽しく遊んで過ごすことで、気がついたら輪廻のサイクルから離脱してしまっていたということもあり得るのではないでしょうか・・・・・・以上は、僕の死後に対する妄想でありました」と言ってのける。「人間は肉体的、精神的存在であると同時に霊魂的存在でもあり、この霊魂こそが人間の本体というわけです」「肉体の消滅が一巻の終わりと決めつけて嘆き悲しみながら生を終えるのですが、これからが人生の本番。生とは、死の旅に出るための旅仕度。100年近くかけて死ぬための旅の準備をするのです」と言う。そして「老齢で死を目前にするのは思ったよりずっと良い。89歳まで生きてくると、不思議と達成感を求めるというような願望というか欲望は、若い頃に比べると、うんと大きくなってきています」「霊性は知識人から始まらないで、無知愚鈍になるものの魂から(鈴木大拙)、日常生活での礼節なくして霊性覚醒しない(三島由紀夫)----。「諦めによって、知らず知らず人生を切り拓いてきた僕」と、目の前のチャンスに従っていたら、今の自分がないと「諦め」の大切さを言うのだ。やっぱり次元が違う、パラレルワールドの世界から、この世の人生を見ているようだ。

AI一色になったとき、本当のリアリティーは」――「Aiが描いたレンブラントは、あくまで物質的表層部分で、レンブラントの感情や魂までは描けていない。唯物論そっくり絵画だ。我々は、絵を見る時、目で見ているのではなく、その絵の持つ波動を感じ取っているのです」・・・・・・。「ボーッとすることから始まる新しい老齢時代(僕はボーッとする無為な行為が、結構快感というか、気分が良い)・・・・・・。「この何もしない無為な時間こそ僕にとって有為な時間。ボヤーッこそが最も創造的になれる豊かな時間なのです。頭を空っぽにすることで、宇宙とつながるのです。頭にギシギシに知識を詰め込んでしまうと、その知識から自由になれません」・・・・・・

受動的に行動する、「運命任せ」できたという「五感全滅、でも死ぬまで描き続ける。描くのを止めたらバタンQ」「『人生に全面降伏』で『なるようになる』」と言う人がここにいる。


1779200080277.jpg「三里塚闘争から『第2の開港』まで」が副題。成田空港は今、「第2の開港プロジェクト」の計画が進んでいる。20293月までの供用開始を目標に、3本目となるC滑走路(3500メートル)を新設、合わせて既存のB滑走路(2500メートル)1000メートル延伸させて、年間発着能力を現在の34万回から50万回に引き上げる計画だ。これで年間4000万人の旅客数が7500万人に、貨物の取り扱い量は200万トンから300万トンに、空港従業員は4万人から7万人に増える。

しかし、火炎瓶が投下される激しい反対闘争、第二次代執行の空港反対派と警察官の衝突(719月の東峰十字路事件、警察官3人死亡)、機動隊との激しい衝突、管制塔占拠(1978年、排水溝から侵入)、そして1978年、滑走路1本だけで開港となった。

そして、B滑走路が2002年に供用となるが、これがいかに大変であったか。用地買収の苦労、「強制終了せず滑走路を建設せよ」の至上命令と厳しい現実や爆弾事件、新たなウルトラCの秘策(北側に800メートルずらし、2180メートルでスタート)----。関わった官僚、市町村首長、公団、賛成に回った反対派、地域住民など関係者の証言が描かれるが、いかに大変な合意形成の決断であったかが描かれる。元運輸事務次官・黒野匡彦、元衆院議員・林幹雄、現国土交通事務次官・水嶋智、元芝山町長・相川勝重、横芝光町長・佐藤晴彦----。本書に出てくる証言者の苦痛の決断の思いは、いかなる文字を持ってしても表し切れない、そんなもどかしさが紙面から溢れ出てくる。だが、推進する者、反対する者、反対から賛成へと、苦渋の決断をする者、そのいずれにも「成田」への自分を乗り越えた愛がにじみ出ている。

「成田」は、むき出しの人間の思いの上に作られ、そして今、「未来」に向けて飛翔しようとしている。 

 


1776664255774.jpg蝦夷を切り拓いた「飛騨屋」初代・武川久兵衛、見事な湊を造り上げたニ代・久蔵。この下巻は久蔵の急逝により跡を継いだ三代目の亀之助、四代目・格之助の話。亀之助はわずか6歳だった。後見人として所左衛門の息子・富久が前面に立つ。本店がある飛騨湯之島で長じた亀之助はかつて足を痛めたせいで、杣たちと山を歩くことはできない身だったが、一日も早く蝦夷へ行こうとする。そして蝦夷の地に踏み込むが、次から次に障害が押し寄せる。

その根源となるのは、松前藩の無理難題。飛騨屋を顎で使うばかりか、莫大な運上金を取り上げ、さらに事あるごとに数千両単位の貸金を積み上げる。自然を愛し優しい夷仁(アイヌ)を弾圧し続ける松前藩。加えて「飛騨屋」大畑店の主・嘉右衛門は侍と結託、役人と飲み食いの接待三昧。多大な借金を作るばかりか、亀之助を追い落とそうとする。「嘉右衛門が松前藩に伐木をお願い出たんじゃ。----倍安(亀之助)は、ようやく今になって嘉右衛門のしたことが見えてきた。嘉右衛門は松前藩の蠣崎や湊と遊興し、金子を渡しているうちに、すっかり一味となったのだ」・・・・・・。あまりに、ひどい男と松前藩が描かれ、こちらが腹が煮えくり返る思いになる。「なぁ与惣さ。蝦夷は、人を騙してどうとも思わぬ侍どもがへばりついとる。子らの生い立つ先を考えればの、貧しゅうても間違うたことはしとらんと言うて育てられる飛騨へ帰りたいのう」・・・・・・

安永2(1773)、飛騨屋は、絵鞆、厚岸、霧多布、国後を205400両の運上金で請負い、漁撈をすることになる。飛騨屋も材木に代わるものとして塩鮭を思いつく。中心となる場所は厚岸。厚岸夷仁たちが飛騨屋で働くようになる。しかし松前藩の策謀は続く。

「飛騨屋は天領の鷹じゃ。鷹はここと見定めた時は迷わず飛ぶ」――倍安は藩を訴え公訴する。これに勝ち、倍安は飛騨屋を格之助に譲る。松前藩、侍たちの騙しに次ぐ騙しは続いた。天明年間の田沼意次による蝦夷の御試交易も失脚により沙汰止みとなる。

寛政元年(1789)に起きた国後目梨の乱。夷仁の蜂起。松前藩は、これを夷仁を酷く扱ったと飛騨屋のせいにした。歴史に名高いアイヌによる最大・ 最後の大乱だ。「もういい加減、我慢がならん」----蝦夷を諦め、幕府に訴える決断をする。裁決で丹後守は、「国後目梨の乱に飛騨屋の咎はない」とはっきり言う。飛騨屋は蝦夷の山を諦め、拓いた海さえも取られた。藩への貸金7万両以上。90年にわたった飛騨屋の蝦夷での日々は終わる。莫大な借財も残った。

100年かかって、ここまで来た飛騨屋は湯之島へ帰る。そこで30年、「飛騨屋が矢面に立って山を仕切ったことで、飛騨川の九郷は材木から、年3000両もの金子を得られる地になった。飛騨のすべての村々が杣として立っていける働き口を飛騨屋は作り上げたのだ」・・・・・・

「飛騨屋は天領の鷹じゃ」「飛騨の杣は気長に慎重に」――壮大な志高き人々の生き様が北海道を切り拓いたのだ。 

プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

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