1763342136687.jpg人生をたっぷり経験した熟年男女が織りなす6短編集。分別もあり、互いに相手を尊重、恋もあるが抑制的、プライドもチラッと覗かせつつ、これまでたどった人生の節を心に思い出しつつ、今を生きる。「情熱と分別のあわいに揺れるあなたへ」「あなたはもう、大人ですか」と帯にある。老けゆく男の心情が、実に穏やかな筆致で描かれる味わい深い大人の短編集。

「兎に角」――。同級生だったカメラマンとスタイリスト。40年ぶりに片思いだった女性に会う。早期退職と離婚を同時期に体験した後、北海道に戻ってきた男。人生も円熟期だが、ふと蘇る40年前の記憶。半月に一度の撮影ペースで一緒に仕事をする。同性カップルの記念撮影、遺体を囲んでの家族写真・・・・・・。「淡々と降り注ぐ雪のように、人の幸福をひとつずつ心に溜めてゆく。兎に角----とにかく今日は、壁のジャッカロープが牧村を見て、微笑んだのを見逃さなかった」・・・・・・

「スターダスト」――。とうを過ぎたサックス奏者と作曲家。若いディレクターに曲の作り直しをさせられる。「お互い時代を捉える瞬発力が落ちているのは明らかなのだ。『得意なところ抑えてほしい』などと若造に指摘されては、わかっているぶん憤慨もする」・・・・・・。「追い詰められた作曲家が、噛み付くように出してきた曲は、糸井を狂気させた」。老いの哀しみと意地が滲み出る。

「ひも」――。「ボケたら関係解消」が条件の70代ホストと美容室店長の中年女性。「体でお返しできないヒモ、江里子が言うところの『得がたい知恵袋』は、今日も女のために時間を使う」・・・・・・。ヒモという弱い立場の老人の気の使いようは尋常ではないが、哀れではなく人生が上品に見える。この2人、すっかり「寸借詐欺」に会うのはコメディー。

「グレーでいいじゃない」――。ジャズピアニストのトニー漆原が死んだ。ピアニストの母は、息子を本格的なピアニストにしたかった。「グレーでいいじゃない、突き詰めんなよ。どこからか、トニーの声が聞こえてくる」・・・・・・

「らっきょうとクロッカス」――。順調に出世街道を歩いていたはずの札幌の裁判所職員の女性。突然、釧路に転勤させられる。小説家の妻を亡くした60歳を過ぎた弁護士と交流するうちに、次第に心が惹かれてメールのやりとりをする。「わたしずっと、百点を取り続けてきたんです。今までずっと、百点を取っていないと安心できなかったんです」「百点を手放した日々には、悔しさもなかった----この気楽さはなんだろうか。釧路に来てから、ほとんど、損得の計算をしなくなった」・・・・・・

「情熱」――。60になる遅咲きの小説家が、同年代の女性大学教授と出会い、彼女のふるさと下関を案内してもらう。過去を明かさぬ彼女だったが、昔の恋人の話を聞く。「14で出会い、15のときには約束した場所で、5時間待つほど焦がれ、20歳を過ぎてから再び学ぶことを勧めた男は、彼女を置いて死んだ」「女の生きてきた60年を思うと、これ以上立ち入ってはいけない気がした」・・・・・・

「なにが足りなかったのか。あのときどうかすれば、人生の潮目は変わったのか」――。人生の夕暮れの男には、それぞれの円熟と諦念があるものだ。

プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

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