荒川流域の万全な治水対策を――。29日、荒川流域全体の治水対策の現状と対策について視察を行いました。これには、竹谷とし子、矢倉克夫の両参院議員、うすい浩一、けいの信一の両都議、大島実、青木ひろこの両北区議、中野邦彦、かいべとも子の両板橋区議が参加しました。
まず、埼玉県戸田市の荒川第一調節池へ直行。いわゆる彩湖の所です。この調節池は荒川洪水時の被害に備えたもので、3900万立法メートルの貯水能力があります。治水と利水を目的に総合開発され、平成9年に利水の貯水池として「彩湖」が、平成15年に治水部分ができ、全体が完成しました。
日頃は「彩湖」から生活用水の取水をしていますが、荒川が増水すると荒川第一調節池の上流部分から段階的に水を引き込み、荒川下流の水位の急激な上昇を抑える、いわばダムの役割を果たします。今後、この上流で新たな調節池が計画されており、埼玉県や関係自治体、住民の方々の理解と連携が必要となります。
この後、船で戸田から下流の状況視察を行いました。隅田川を守る岩淵水門の耐震化や芝川水門の耐震化も完了し、堤防強化策として堤防の上部•天端の強化や法尻の強化も完了しました。私はこれらの強化策を推進、さらに2年前に日本で初のタイムラインをこの荒川でスタートさせました。いずれも進捗していますが、高規格堤防(スーパー堤防)も進んでおり、この日は高規格堤防の上に建つ足立区新田のハートアイランド、そしてこれから進めていく新田一丁目の状況を確認しました。
今年も九州や秋田で水害が発生、近年の雨の降り方は局地化、集中化、激甚化しています。荒川をはじめとして、各河川の水害対策に全力をあげます。
「私の体の中には国家がある」「政治家は歴史の法廷に立つ。その決断の重さの自覚なくして国家の指導者たりえない」「政治家は、寝ても覚めても、この国をどうするかという課題を、いつも胸に抱いていないといけない立場である」――。まさに中曽根元総理を語ることが、そのまま戦後の日本の政治を語ることになっている。若い時も総理の時も、その後も今もだ。まず本書で感じたことはその凄さだ。
「中曽根は、総理大臣には『経済重視型』(吉田茂、池田勇人、佐藤栄作・・・・・・)と、『政治重視型(思想重視型)』(岸信介、三木武夫、中曽根・・・・・・)がいて、代わり代わり出てくると政治はうまくいく、という」「かくして中曽根は、『反吉田茂勢力』『反共産勢力』『自主憲法制定』『再軍備』を訴えて選挙を戦ったのである(1947年4月)」「"大局さえ失わないなら大いに妥協しなさい"・・・・・・この言葉ほど私の人生観を左右したものはない」「マッカーサー総司令部は、軍国主義復活の芽を徹底的につぶそうとし、その中核を形成した過激な国家主義に対する警戒心を緩めませんでした。しかし、私は健全なナショナリズム、その基盤となる愛国心こそ戦後の復興に不可欠なものと考えていました」「・・・・・・その間、現憲法も国民の間に受け入れられ、自由や民主主義、平等という考えも定着し、今日の日本の繁栄を支える大きな基礎となったことは否定できない。ただ、その過程で見失ったことも多い。やはり歴史や伝統、文化といった日本固有の価値をうたわぬことは、その国の憲法にとって大きな欠落と言うべきだろう」「我々の手による堂々たる憲法を作らなければならない」「政治家は、結果責任で仕事をしなければ失格である」・・・・・・。
戦後日本の政治史を語るには、本書は短い。だが、中曽根元総理の言葉を掘り起こすことによって、戦後の政治史・事件・抗争がありありと見えてくる。