060929おとなの小論文教室.jpg「ほぼ日刊イトイ新聞」の人気コラム。以前、「海馬」を読んだが、この本は小学校の同級生が薦めてくれたものだ。
私にとって「自分の表現」は最も大事だし、それは話し方とか技術などではなく、思索・思考の深さによると思ってきた。このところ、2つの点で考えなければならないことが提起されていると思う。1つはメディア政治(テレビ政治)、1つはネットを利用する年下の大人たちや若者の感性、そしてそのコミュニケーションがなぜ成り立ちにくくなっているかということだ。

「第3章 一人称がいない」は、ぐいっとそこに迫ってくる。人生相談のようにも見える。


オシムの言葉.jpgオシムの言葉には、ユーモアがあり、思想があり、したたかな戦略的読みがある。しかし、その底にはスラブの哀愁と多民族共存の良きサラエボが、生死をかけた戦乱の地となった悲しみが沈殿している。監督には孤独がついて回るが、オシムの独特さは、多民族国家ユーゴスラビアの崩壊と民族闘争、そして何十年前から続いている国家紛争で死線を歩いたいわば宗教的境地によってつくられたのではないのか。

「他人の評価や、メディアの賞賛に興味がない、反俗的な本質追求の人」というのは、生きてきた世界に当然、関係があろう。

「私のサラエボが戦争にあるのに、サッカーなどやっていられない」「選手を先入観で見ない。すべて平等に扱う」「サッカーの試合とは絶対一人では成立しない。君たちの人生も同じじゃないか」「休みから学ぶものはない」「重要なことはミスをして叱っても使い続けることだ。選手はミスを恐れてリスクを冒さなくなってしまう」――失点を恐れず走り回って攻め続ける「リスクを冒しても攻めろ」というオシムのサッカーは、悲しみを抱きしめて未来を切り開いたオシム氏の生き方なのか。


持続可能な福祉社会.jpg日本は安定的な国であったが、なぜ豊かになったのに、景気も回復しているというのに不安や不満が高まっているのだろうか。
本書では人生前半の社会保障と定常型社会が大きなテーマになっている。わが国は、限りない経済成長=生産の拡大が背景となって、完全雇用が達成されていたし、それとあいまって、終身雇用の会社と強固で安定した家族という共同体による"見えない社会保障"があったと広井さんはいう。それが日本の安定を支えたわけだ。

しかし、経済成長に限界があり、雇用の流動化が起き、会社もまた激変・盛衰にさらされ、家族の迷走が起き、しかも、高齢化が加速された時、社会に不安・不満が起きることは必然である。放り出された高齢者は脆弱な存在となり、働くものには不安と不満がうっ積する。

そうすると、事後対応的な福祉政策ではなく、福祉概念を雇用、そして人と人との絆をもつ地域といった創造的かつ広範なものにしなければこの国はもたない。そこで焦点となるのは、人生前半の社会保障ということになる。教育の深さこそが未来の社会を決定づけ、教育の強化こそが失業対策にも、国際競争力の強化にもつながり、高度成長時代の上昇志向の教育ではなく、人間の豊かさの為の教育が大事となる。格差の最大の要因の一つは、教育であり、20代前後の若者にもっともっとチャンスを与える支援が必要だ。

また福祉社会は人と人との関係のあり方にカギがあるとし、「福祉政策と環境政策の統合」などにもふれている。


団塊の世代「黄金の十年」が始まる.jpg「油断」「団塊の世代」「知価社会」・・・・・・。
堺屋さんの著作にふれ、読み続けてもう30年になる。国会でも予算委などで論戦し、また、数多くの示唆・指導もいただいた。
世代と時代の構造的分析は見事だが、いよいよ団塊の世代が定年を迎える。暗い少子高齢社会ではなく、「自由な労働力」が、選択と自由にあふれた多様な知価社会にどう挑むか。


「官僚主導・業界協調体制」「核家族・職縁社会」「日本型経営(経営雇用、年功序列、企業内労組)」のエンジンとしての団塊の世代が、武者不用のゼロサム時代に、なげき節(武士)とならない自己革新を果たせるか、そして政治はその受け入れ態勢をつくれるかどうか――知恵があふれた書である。

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プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任、公明党前代表。前国土交通大臣、前水循環担当大臣。

現在、衆議院議員、党全国議員団会議議長、東京第12総支部長、首都直下地震対策本部総合本部長、現代中国研究会顧問など。

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