太田あきひろです。
 
21年度の補正予算案が提出され、今日、各党の代表質問が行われます。私が党を代表して質問に立ちます。真水15.4兆円、事業規模57兆円にのぼる画期的な経済対策です。テレビでは放映されませんが、14時過ぎからやりますので、インターネット等でご覧下さい。

今日は終日、このこととともに新型インフルエンザ対策に全力をあげています。WHOでフェーズ4に引き上げられ、世界あげての対策が必要です。


太田あきひろです。
 
「すごい新聞がある。これで世の中の本当の動きが全部分かるぞ!」。「すごい!」が口癖で、何でも飛び付く父親が言った公明新聞創刊号のことを、私は今でも鮮明に覚えています。その公明新聞社に昭和46年に私は入社しました。初めて書いた記事は一段記事でしたが、見たくて見たくて、朝早く起きて待っていました。

昭和47年の衆議院選挙で敗北した時は若手職員で有楽町の駅に行って、メガホンで公明党と公明新聞の呼び掛けに寒空に立ちました。国会の生の激闘の場面を見て、公明党の活躍をもっと生き生きと書けないものかと苦闘しました。地方議員の取材に千葉へ行った時、「たまご丼」をご馳走になりましたが、議員さんは食べませんでした。後で即席ラーメンを食べていたことを知って、胸にこみ上げるものがありました。

公明新聞創刊15000号。そこには公明党を創り、育てて下さった方たちの真心、文字通り汗と涙があります。「ありがとうございます」という気持ちとともに、自民にも民主にもない、日刊紙を持っていることが、どんなに大きいものかを、感じています。

激動、スピード、変化――どうなっているのか分からない情報洪水の今、真実をブレなく伝える公明新聞の役割は限りなく大きい。15000号を期して、感謝とともに、全ての戦いに勝つために先頭に立つ決意です。


挑戦する経営.jpgイー・アクセスの会長、イー・モバイルの会長兼CEOである千本さん。いやそれだけでなく、83年に第2電電(DDI、現KDDI)を創業、最初の民間の通信事業者の設立をしたのも千本さんだ。次々と通信革命を自ら、一人で切り拓いてきた千本さんは、モバイルブロードバンドという時代の要請にいちはやく着手し、挑戦している。
この書はベンチャーかくあるべしという評論ではない。波乱万丈、千本さんが自ら荒波に向かって突き進んでいく"わが闘争"ともいうべき挑戦者の軌跡だ。

「ベンチャーは金儲けではない。真のベンチャーとは国家と国民が必要とすることを自らリスクを取って行うことだ」と語るその姿勢と行動のなかに、人生の芯ともいうべき鍛え抜かれた哲学が生まれている。挑戦のなかに、常に「一人立つ精神」「前にひたすら進むたくましい精神力」と、その姿に共鳴する「人こそ財産・人に恵まれる人生」という人間("人の生命"の姿勢と"人と人との間"の人間学)の哲学がみなぎっている。


人を惹きつける「ことば戦略」.jpgことばのスイッチを切り替えろ!と東さんはいい、コード・スイッチングという視点を提示する。
情報と情緒の間のコード・スイッチング。理屈と感情、頭と心の間のスイッチ。静と動、自分中心と聞き手中心、ソトとウチの間のスイッチ。
オバマ大統領、小泉元首相から田原総一朗、みのもんた、さんま、黒柳徹子さんたちの具体例から説明している。

 
それにしても日常から非日常へのスイッチ――「そうだ京都、行こう」のキャンペーンはすごい。「あの秀吉が、自慢したくてしたくてたまらなかった七千本の桜の子孫たちです」「『真夏です』と言っているのは温度計だけでした」「六百年前、桜を全部、切りました。春より秋を選んだお寺です」――。


太田あきひろです。

JR王子駅から汚水が石神井川に長年にわたって排水されていた問題。
先日、JR東日本に直ちに改良工事を開始するように強く求めていましたが、適正な下水道管へのつなぎ込みと設備の改修作業が終了し、9日からトイレの使用が再開されました。
 
「身近なことから大きなことまでスグやること」が大切だと思っています。
さらに頑張ります。

プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任、公明党前代表。前国土交通大臣、前水循環担当大臣。

現在、衆議院議員、党全国議員団会議議長、東京第12総支部長、首都直下地震対策本部総合本部長、現代中国研究会顧問など。

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