太田あきひろです。
「すごい新聞がある。これで世の中の本当の動きが全部分かるぞ!」。「すごい!」が口癖で、何でも飛び付く父親が言った公明新聞創刊号のことを、私は今でも鮮明に覚えています。その公明新聞社に昭和46年に私は入社しました。初めて書いた記事は一段記事でしたが、見たくて見たくて、朝早く起きて待っていました。
昭和47年の衆議院選挙で敗北した時は若手職員で有楽町の駅に行って、メガホンで公明党と公明新聞の呼び掛けに寒空に立ちました。国会の生の激闘の場面を見て、公明党の活躍をもっと生き生きと書けないものかと苦闘しました。地方議員の取材に千葉へ行った時、「たまご丼」をご馳走になりましたが、議員さんは食べませんでした。後で即席ラーメンを食べていたことを知って、胸にこみ上げるものがありました。
公明新聞創刊15000号。そこには公明党を創り、育てて下さった方たちの真心、文字通り汗と涙があります。「ありがとうございます」という気持ちとともに、自民にも民主にもない、日刊紙を持っていることが、どんなに大きいものかを、感じています。
激動、スピード、変化――どうなっているのか分からない情報洪水の今、真実をブレなく伝える公明新聞の役割は限りなく大きい。15000号を期して、感謝とともに、全ての戦いに勝つために先頭に立つ決意です。