二宮金次郎はなぜ薪を背負っているのか?.JPG猪瀬さんからいただき、すぐ読んだ。薪を背負った勤勉な少年、「手本は二宮金次郎」は、勤勉、倹約の人と固定化されるのは誤りであり、努力によって得た薪は換金商品であり、それが金融として展開する。すぐれた経営コンサルタント。人口増の右肩上がりの江戸前半と人口減少社会であり、財政難、道徳的退廃の江戸後半。その難しい江戸後半において「分度」の概念と効率化と余剰を活用していく金次郎の実務の強さが表現される。

人口減少社会、低成長時代における人と産業の配置は、全く違ったものであることを思い知らないといけない。財政再建を凝視し、そのうえで地方分権、そして高齢者の安心ライフスタイルの再配置。相当ダイナミックに変えなければ地域の活性化は難しい。


反転.JPG「日本社会の深く真っ暗い闇」というが、同世代の、しかも狂騒と暗躍のバブルの時代の政治とバブル紳士。すさまじい時代とすさまじい人生。エリートとアウトロー。しかし弱い人間、疎外される人間、気配りとその共感が180度も違う反転の人生を送ることになる。同じ時代を生きてきた者の1人としてあまりにも衝撃的だ。相当、マイルドに書いている気がするが・・・・・・。


ロストジェネレーション さまよう2000万人.JPG朝日の取材班がまとめた25歳から35歳までの「つかみどころのない塊」の世代分析。

団塊の世代が右肩上がりの競争社会のなかで、かけ上がってきたその波が、その子供たち団塊ジュニアにことさら襲いかかっている。

私がこの1年、いい続けてきた「若者支援」「年長フリーター」問題だ。政治が豊富な分配の時代でなくなり、限られた資源を「公正公平」に分配する。つまり急増する社会保障費や赤字補填のための負担を誰が担うのかが、政治の大テーマだが、それは、世代間の不利益の押しつけ合いの闘いでもある。

若者は結束してない「つかみどころのない塊」であるだけに、政治が目をそこに置かなければならない。いい知れぬ不安と沈滞がどんよりと漂っているのは、こうした若者の心象風景があるからではないのか。成長のみいうのではなく、その成長が何に依存し、何に過酷さを強いているかを常に問い続けることが大切だ。


会津武士道.JPGのサムネイル画像保科正之の偉大さは、「名君の碑」に明らかだが、名家老・田中正玄、そして正玄から5代目の江戸中期の家老・田中玄宰(はるなか)、さらに幕末の最も困難な時代、京都守護職についた松平容保(かたもり)ら、会津に積み重ねられた結晶たる武士道は一条の光芒を放った。いかなる逆風のなかでも武士道を背骨として毅然として生きていく姿勢、ひたむきに国家の為、領民の為に尽くす清冽な生き方が会津武士道。悲憤慷慨のあまり自刃するような「滅びの美学」が会津武士道ではないと中村彰彦さんはいう。

あの徳島の板東俘虜収容所のドイツ人俘虜を愛国者として待遇した第9の初演奏の軍人・松江豊寿所長(中佐)も会津だ。

「骸骨を乞う」――職を辞す(全て国家に捧げ尽くしたため今の自分はもう骸骨に過ぎず、その残骸を引きとって引退したい)

他者に優しく、己を律するに厳しい。きちんと生きてきちんと死ぬ。毅然と生きて毅然と死ぬ――と中村氏は結びで記している。

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プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任、公明党前代表。前国土交通大臣、前水循環担当大臣。

現在、衆議院議員、党全国議員団会議議長、東京第12総支部長、首都直下地震対策本部総合本部長、現代中国研究会顧問など。

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