51LxGGJIFzL__SX355_BO1,204,203,200_.jpg宇宙の森羅万象について、宗教や哲学はその法理を「名付け」「解釈」を施すが、次第に正確に伝えられなくなる。数学は宇宙・森羅万象の法理を数学という「言葉」によって明らかにするが、重要なことは他と違って論理を共有し、正確に伝え伝搬していくということだ。「定義」に基づき、論理を積み重ねる。数学語を共通語として使っていくということだ。新井先生は「この本の目的は、『数学語を第三言語として身につける』こと。言語の本ですから『ナマモノ』の数学に出てくる補助線の引き方やつるかめ算など数学技能については勉強しません。三平方の定理やオイラーの公式のような有名な定理もやりません。その代わりに数学の文法と和文数訳、数文和訳、そして数学の作文法を勉強します」という。抜群に面白い。

まず「論理の誕生」から始まる。徹底した論理の共通言語・数学語。まず「定義」――点とは、線とは、面とは、偶数とは、素数とは。数学の文法、そこで必要となる論理結合子。和文数訳(「等しい」=、「大小」<、「属する」∉。そして論理結合子の「否定」¬、「かつ」∧、「または」∨、「ならば」→、「同値」↔、「すべての」∀、「存在する」∃)。そして数学和訳(日本語は否定が文の最後尾につくので、あやふやになる難しさがある)。「数学を表現するには、自然言語はあまりに大雑把」「数訳の困難さ」等が示される。そして「証明とは何か」「数学の作文(集合と論理、数学的帰納法、『補題』はなぜ必要か)」「終章――ふたたび古代ギリシャへ(円の面積の証明)」・・・・・・。

数学の世界の入り口に立ち、"新鮮"さとともに、迫力があって浴びせ倒される感がした。


61svAgwFpUL__SX340_BO1,204,203,200_.jpg昨年2019年は、近代建築の父・辰野金吾の没後100年。佐賀の出身、工部大学校(現在の東京大学工学部)の第一期生。政府が招き、生涯を日本に捧げたイギリスの建築家ジョサイア・コンドルに師事し、日本の近代建築の先頭を走り抜いた。まさに江戸ではない、「東京」に造り変えた「東京はじまる」だ。

日本銀行本店を造った。師・コンドルから奪い取った気迫と意地の建物だ。辰野のむき出しの意地が本書で描かれる。明治は各界でそのような若者の精神性が横溢していた時代であることがよくわかる。続いての大仕事は中央停車場、今の東京駅。辰野金吾の集大成、赤レンガに白い花崗岩、屋根に小屋を載せた辰野式建築だ。死んだ直後の関東大震災でも堅牢で倒れなかった。と同時に、各民営鉄道が東京の各地からバラバラに東西南北に走っていたものの結節点でもあり、皇居のすぐ近くでもあり、丸の内のビル街づくりの中心でもあった。両国国技館、大阪株式取引所、東京米穀取引所、日銀の全国の支店・・・・・・。しかし、国会議事堂はスペイン風邪で死に至ったこともありできなかった。「曽禰君」「たのむぞ」「議事堂、議事堂」との最後の言葉で本書は結ばれている。

コンドル、曽禰達蔵、高橋是清、川田小一郎、片山東熊、妻木頼黄・・・・・・。多くの人々と交流し、喧嘩もし、競い合った闘いの生涯であった。


516r+codX0L__SX313_BO1,204,203,200_.jpg「真説 本能寺」が副題。新たな史料を基に、「信長と光秀の確執」などではなく、「信長包囲網」や「世界の大航海時代の植民地獲得、鉄砲、キリスト教」などの動きから「本能寺の変」を解読する。迫力ある書。「光秀単独犯行はありえない」「謎だらけの明智光秀」「革命家信長の光と闇」「戦国時代はグローバル社会だった」「戦乱の日本を覆うキリシタンネットワーク」「『本能寺の変』前と後」の6章より成る。

「本能寺の変」前夜の日本の空気――。「天皇を超える『太上天皇』になろうとした信長に対して、朝廷と足利幕府の再興を狙った近衛前久」「信長に仕えながらも忠誠心を持ちきれず、もともと身を置いていた幕府勢力についた明智光秀」「信長打倒計画を知りながら防ごうとせず、その計画を利用し、キリシタン勢力と組んで天下を取ろうとした豊臣秀吉」「残虐性、人の情には無頓着、合理的で先進的な信長は、国内的な視野しかもたぬ者とは違って、中央集権と重商主義の政策をとり、突き進んだ」・・・・・・。国家観、世界観がまるで違うのだ。歪み、激突は自然の帰結ともいえる。

「織田軍挟み撃ちの黒幕は近衛前久」「足利幕府は元亀4年(1573年)には滅亡しておらず、義昭が幕府を移した鞆の浦で権勢を保っていた」「光秀も組み込まれた信長謀殺計画」「富士宮市の日蓮宗西山本門寺に"信長の首"が祀られており、"明智に誅される"(上が罪ある者を成敗する)とある」「光秀の積もりに積もった鬱屈――信長に命じられる長宗我部元親の四国問題、家康の接待、秀吉への援軍、そして転封。そこへ前久から朝廷を守るために討てという"勅命"。光秀のもつ正義」「京都の阿弥陀寺に運び出された信長の遺骨」「戦国時代の100年間はグローバル社会だった(鎖国史観で消された)」「戦乱の日本を覆うキリシタンネットワーク」「信長を利用し、育てたイエズス会(ルイス・フロイス、ヴァリニャーノ)」「イエズス会(スペイン)と決別し、急速に不安定化した信長政権」「天下人になった秀吉はスペインのいう"明国出兵"をのんだ」「イエズス会を後ろ盾としたゴッドファーザー黒田官兵衛」「日本最大の価値・石見銀山をもつ毛利輝元もキリシタン大名派に寝返った」「大情報網となっていたキリシタンネットワーク。信長暗殺計画も近衛前久→吉田兼和→細川幽斎→黒田官兵衛→秀吉政権樹立」「石見銀山の銀と鉄砲や南蛮貿易、それに介在するイエズス会の布教と貿易」「信長・秀吉の中央集権・重商主義が朝鮮出兵で敗北し、家康は地方分権体制と農本主義政策に転じた」「官兵衛の天下取り狙い」・・・・・・。

真実への探索のエネルギーは今も続いている。面白い。


線は僕を描く.jpgなんとも美しい小説。水墨画のもつ奥深さと宇宙・生命の哲理の美しさ。師弟の峻厳な美しさ。青春の美しさ。それが際立つ作品。

高校時代に突然、両親を交通事故で失った大学生の青山霜介。喪失感のなか抜け殻のような日々を送っていたが、バイト先の展覧会場で水墨画の巨匠・篠田湖山と出会う。水墨画に関して感想を聞かれた霜介は、なぜか湖山に気に入られて内弟子となる。卓越した観察眼の持ち主だと見抜かれたのだ。全くの素人の霜介だが、一気に水墨画の世界に魅入られていく。湖山門下の西濱湖峰、斉藤湖栖、そして湖山の孫の千瑛ら、いずれも超一流の芸術家であり凛として優しい。

「水墨というのはね、森羅万象を描く絵画だ。宇宙とは現象、現象とはいまあるこの世界のありのままの現実ということだ。・・・・・・現象とは外側にしかないものなのか? 心の内側に宇宙はないのか? 自分の心の内側を見ることだ」「墨と筆を用いて、その肥痩、潤渇、濃淡、階調を使って森羅万象を描くのが水墨画だが、絵画であるにも拘らず着彩を徹底的に排する。そもそも我々の外側にある現象を描く絵画ではない」「水墨画は確かに形を追うのではない、完成を目指すものでもない。生きているその瞬間を描くことこそが、水墨画の本質なのだ」「命を見なさい。青山君。形ではなくて命を見なさい。・・・・・・私は花を描け、とは言っていない。花に教えを請え、と君に言った」「勇気がなければ線が引けない」「僕は線を思い浮かべていた。今日この場所にたどり着くまでに描いた線のこと、そこから多くの人が紡ぎ合っている線のこと。・・・・・・僕は長大で美しい一本の線の中にいた。・・・・・・線は僕を描いていた」・・・・・・。

諸法実相、如実知見。水墨画の一筆と線が「命」に向き合う。喪失感に沈んだ一青年が、水墨画が1本の線から描かれ姿を見せていくように成長の姿として描かれる。作者の砥上裕将氏は若き水墨画家。


グッドバイ.jpg時は幕末から明治の大激動期――。長崎の油商・大浦屋を継いだ女あるじ・お希以、のちの大浦慶。黒船来航で激震が走る日本。安価な油が広がって老舗の経営も厳しくなるなか、一発勝負の異国との茶葉交易に打って出る。茶葉には全くの素人、"女性"というだけで侮られる商人の世界。しかし、お希以は佐賀嬉野の茶葉と連携、イギリスの若き商人ヲルトから大量の注文をもらい、巨万の富をつかむ。幕末の動乱期の長崎には坂本龍馬や近藤長次郎、大隈重信、岩崎弥太郎、イギリス商人のガラバア(グラバー)ら、回天・革新の空気が充満する。胆がすわり、一直線に進む大浦慶は商人として信頼され、志士に対して資金面で手助けもする。「おなごが国事にかかわって何が悪かか」・・・・・・。しかし、明治となり、詐欺事件に巻き込まれて全てを失い巨額の借金を背負い込む。長崎中から嗤われる。「逃げようとは思わない。『今こそ私の正念場、戦たい』雨の中で、大声を発していた」――。縁あって"横浜製鉄所"の乗り出し再起する。「鉄製蒸気船」まで所有する。一直線というか、根性というか、情熱というか、女性の逞しさと強さが噴出する。凄い。

苦境に陥っても次に進む。敗北しても次に進む。「ああ、よかね。皆を乗せて、大海原に漕ぎ出そう。宗次郎しゃん、友助。空も海も、どこまでも青かね。ほら波濤が白く輝いとうよ。あんたがたにこの景色を捧げて、私はようやく心から告げよう。グッドバイ」「人生なるもの、人との縁こそが風であり、帆であると思ったりする」「野心や見栄や恨みつらみ、悔いも山と抱えて、今、何をし遂げたかと己に問えば、まだ途半ばだとしか言えぬだろう。なれど、生きている間は精一杯を尽くすとよ」・・・・・・。そして本書は「遠くで海の音が鳴る。今日もまた、誰かが漕ぎ出すのだろう。遥けき世界へと」と結んでいる。

プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任、公明党前代表。元国土交通大臣、元水循環担当大臣。

現在、衆議院議員、党全国議員団会議議長、東京第12総支部長、首都直下地震対策本部総合本部長、現代中国研究会顧問など。

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