houjou.jpg今年のNHK大河ドラマの主人公・北条義時。北条時政の次男で、北条政子の弟。北条家は伊豆の豪族。源頼朝の伊豆での旗揚げ時から忠義を尽くし、源氏三代の「鎌倉殿」に仕え屋台骨を支えた武将。「我、鎌倉にて、天運を待つ」が副題だが、本書では「貫禄がない」「頼朝も政子も実朝もピリピリしているが、人を安心させる雰囲気を持ち、余人の及ばぬ視野の広さがある」「何よりも運がいい」という人物であったことを描く。

「頼朝、起つ」「鎌倉の主」「暁に沈む」「雷光」の4章よりなる。「頼朝の挙兵。治承の旗揚げには、反平家の武士が集まったが、その中核は政子に命令された江間近在の武士。それなしには三浦や土肥などの古い源氏党もひるみ危ぶんだ」「政子の次は梶原景時が担ったが、やりすぎて滅びた」「頼朝の両輪は梶原景時と大江広元だが、大江広元は承久の乱に至るまで義時を支えた柱」「比企能員と二代頼家を謀殺」「北条家の養君・実朝を奉じ鎌倉の権力を手にした北条時政」「時政と牧ノ方に対峙する政子と義時。義時は時政を出家させる。江間義時から北条義時に」「和田義盛の御所への謀反」「公暁による実朝殺害、義時は幸運にも免れる」「承久の乱。後鳥羽上皇による弱体化すると見た鎌倉への揺さぶり。北条義時を標的にした追討の宣旨」「関東8カ国を箱根・足柄で防いで官軍を待ち構えるとの関東諸将の信仰を打ち砕いた大江広元の京都を急襲する知恵。それを受けて進む金剛(北条泰時)の鎌倉軍」――。北条義時は後鳥羽上皇に鎌倉にいながらにして勝ってしまったのだ。「和田合戦に勝ったのは実朝のおかげ、承久の乱に勝ったのは大江広元のおかげ――だったかもしれないが、最後の勝利は北条義時の手に帰した」と描く。

「鎌倉殿の13人」――頼朝死後に頼家がニ代将軍となるが、独裁を防ぐために「13人の合議制」としたという。北条時政と義時、比企能員、三浦義澄、和田義盛、梶原景時、大江広元らだが、その確執は相手を謀殺するほど激しい。


nihonnoronten.jpgこの1年間、プレジデント誌で連載した「日本のカラクリ」をまとめたもの。国内編では「安いニッポンからの脱却」「なぜ、ニッポンでは真面目に働いても給料が上昇しないのか」など、海外編は「欧米目線以外で国際情勢を見ることの重要性」がテーマ。いずれも率直で刺激的。

「どれだけ働いても給料が上がらない。それは企業の労働生産性が低いからだ。足を引っ張っているのはホワイトカラーの間接業務。デジタル化を進めても間接部門の人数は減らず、組織が相変わらず20世紀型」「業務のデジタル化による生産性の向上が必須だが、IT人材の不足・偏在が目立つ」「カギを握るのは理系人材の質と量。構想力とシステム思考を備えた若者を作る教育」・・・・・・。

「格安料金プラン投入の裏で進むNTTグループの再統合」「答えのない時代の人材育成には、教育システムそのものを変えることが不可欠だ」「大阪都構想の問題点は、道州制・日本の行政のあり方のビジョンが、府と市の二重行政コストの削減に矮小化されたこと」「事故から10年、福島原発の3大問題」「少子高齢化の日本。ドイツが60年かけて行った移民政策に学べ」・・・・・・。

「 欧米中心ではない、中国目線、第3、第4の目線という複眼的な国際情勢を見る視点を養え」「バイデン政権は対中強硬路線を強めているが、日本は安易に同調すべきではない」「EVの独壇場ではない未来もあり得る」「ブレグジットでUK崩壊・再没落のシナリオが強くなる」「中国の3人っ子政策に見る経済と漢民族支配強化策。習近平と孫文」「韓国次期大統領選と対日感情の世代間の異なり」「イスラエルvsアラブだけでは読み取れない、中東の新しいパワーバランス」「イスラエルと台湾に共通する4つの強み。危機感、語学力、理系重視、スマホセントリックは、21世紀型人材の育成に直結」・・・・・・。


kawaru.jpg古代から近世までの歴史――。「鎌倉幕府の成立は1192年ではなく1985」とか、教科書で昔習ってきたことが変化しているようだ。それらの"定説"の変化への疑問等を解説してくれている。

「青森県の三内丸山遺跡など巨大集落の存在によって、縄文人は狩猟採集だけでなく、クリやヒョウタン、マメ類などを栽培していた」「邪馬台国は畿内説が有力」「仁徳天皇陵は世界最大ではない。仁徳天皇陵古墳は考古学的には仁徳天皇に結びつけることは難しい」「聖徳太子の業績(17条憲法、遣隋使派遣等)には疑問が出ている。一万円札の像についても衣冠が違っており"伝聖徳太子像"と言う教科書が多い」「『大化の改新』は、孝徳天皇時代の一連の改革、中大兄皇子と中臣鎌足らが蘇我蝦夷・入鹿を討ったクーデターが『乙巳の変』」「天皇と言う称号を最初に使ったのは推古天皇の頃ではなく、天武天皇とする説が有力」「摂関政治は不安定な政治体制だった」「鎌倉幕府――源頼朝によって諸国に守護が置かれ、全国の荘園に地頭が置かれたのが1185年、1192年は征夷大将軍。最近は1185年をとる説が教科書に載るようになっているが、定まっていない」「源頼朝の肖像画も足利尊氏の"騎馬武者像"も本人ではない」「応仁の乱は『応仁・文明の乱』に教科書も変わっている」「長篠の合戦には三段撃ちも騎馬もなかった (武田の軍馬はポニーで降りて戦った。

「"島原の乱"は乱と言うより一揆であり、『島原・天草一揆』」「存在感の薄い江戸時代の朝廷だが、幕末に向かって『国学』『伊勢神宮詣でなどの庶民による意義発見』が起きた」「田沼意次の政策再評価――江戸時代の改革は節約・倹約政策だったが、経済活性化策、経済刺激策をとった」・・・・・・。

きわめて率直に解説している。「歴史は暗記物ではない」――受験用に暗記させるから面白くなくなってしまう。


juutai.jpg2015年に「首都高速の中央環状線が全面開通。首都高5号線が5%車両が減って、渋滞が50%解消した」「圏央道への合流箇所で1車線増やして大幅に渋滞が緩和した」「首都高の合流箇所でゼブラゾーンをとったら渋滞が緩和した」・・・・・・。国土交通大臣時代、渋滞解消に力を注いだが、「渋滞学が学問としてあればもっと・・・・・・」と思ったものだ。だがあったのだ。しかも本格的に、それ以前から。敬意を表したい。

「人や車などの集まりである『自己駆動粒子系』とその渋滞を考える理論モデルがASEP(エイセップ)」「渋滞は臨界密度以上に粒子が増えると発生する現象。その相転移の臨界密度は2分の1」「1車線で1Kmあたり約25台。車間距離の40m以下で渋滞は発生する」「渋滞の直前にはメタ安定の状態がある」「高速道の渋滞原因のうち、サグ部が原因の自然渋滞が3割を占める」「事故や工事、信号がある場合はボトルネック型」・・・・・・

「人の渋滞――群集の状態は、会衆、モッブ、パニックの3つに分類できる」「人は自己駆動粒子だが、お互い密着した状態では自己駆動性が失われ、ニュートン粒子に近くなる」「アリが行列を作るのは『道しるべフェロモン』のおかげである。アリは目が退化している」「フェロモンは揮発性なので、アリ間距離が短い方がアリは早く進める」・・・・・・

「世界は渋滞だらけ――インターネットの渋滞、パイプを流れる粉粒体は管が細くなって目詰まり、ブラジルナッツ現象、電車・エレベーター・航空機のダンゴ運転とボトルネック、血流の渋滞など体内の渋滞、ディズニーランドの整理券システム」「微積分で世界は変わった」「コンピューターが間違える計算」・・・・・・

これは2006年の本。きわめて複雑で様々な要因が絡み合う渋滞現象に複雑系科学が挑む。15年経った今、どこまで進み、具体的対策が進んでいることか。


saiou.jpg「関ヶ原の戦い」の直前、徳川家康の東軍と石田三成の西軍の決戦の裏に、「穴太衆(あのうしゅう)の決してやぶられない最強の楯(石垣)」と「国友衆のどんな守りをも打ち破ると言う至高の矛(砲)」の熾烈な戦いがあった。その飛田匡介と国友彦九郎の戦いを圧倒的な迫力と緊迫感の中で描く。あわせて蛍大名の汚名にまみれた大津城主・京極高次の民への情愛と器量を浮き彫りにする。「八本目の槍」の石田三成、「じんかん」の松永久秀に続いて、今回は京極高次の汚名挽回、まさに今村翔吾の力量だ。

主人公の匡介は、越前一乗谷落城によって家族を失い、逃げる途中で穴太衆飛田屋の頭で「塞王」と呼ばれる飛田源斎に助けられる。源斎は石の目を見る類い稀な才能が匡介にあることを見出し、石積みの技だけでなく、山方、荷方も学ばせ鍛えあげる。それに応えて匡介は副頭になり、後継者と目される。一方、鉄砲職人である国友彦九郎も、頭で「砲仙」と畏敬される国友三落の後継者となる。しかも二人は、「落ちない無双の城を築けば戦さは絶える」「絶望するほど危険な砲を作れば戦さは止む」と泰平の世を望む信念を持っていた。

時は東西激突の関ヶ原直前――。まず激突する伏見城。塞王・源斎は、徳川家家臣・鳥居元忠が3千3百で籠城する伏見城に入り、西軍の4万の大軍を迎え撃つ。「武者返し」などの石垣を築いてなんと13日間も耐え抜いたのだ。そして琵琶湖の水を外堀、中堀、内堀に引いた水城である大津城の攻防。城主の京極高次は一度は転んだ西軍から再度離反し、大津城に立てこもる。三成の策した大津に東軍を呼びこんで戦う策に、高次は大津の民を守るために激突の戦場となることを避けようとしたのだ。寄せ手の大将は毛利元康、これに西国無双の名将・立花宗茂らが加わり押し寄せる。攻撃する国友衆の彦九郎、崩されても崩されても作り直す穴太衆の匡介。凄まじい戦闘は息苦しいほどだ。大軍に耐え抜いたがゆえに、毛利元康、小早川秀包、立花宗茂らの精強な兵は、ついに関ヶ原の決戦に間に合わなかったのだ。

「穴太衆」と「国友衆」の知略の攻防と、戦争と民衆、武将の苦悩と敬愛がほとばしる。

プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任、公明党前代表。元国土交通大臣、元水循環担当大臣。

現在、衆議院議員、党全国議員団会議議長、東京第12総支部長、首都直下地震対策本部総合本部長、現代中国研究会顧問など。

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