推し、燃ゆ.jpg芥川賞受賞作。「推しが燃えた。ファンを殴ったらしい。・・・・・・それは一晩で急速に炎上した」――。主人公の高校生「あたし(あかり)」は、5歳の頃からアイドルグループ「まざま座」のメンバー上野真幸のファンで、いまや徹底した命にかかわるほどの推し。「理由なんてあるはずがない。存在が好きだから、顔、踊り、歌、口調、性格、身のこなし、推しにまつわる諸々が好きになってくる」「皆が推しに愛を叫び、それが生活に根付いている」「推しを推すことがあたしの生活の中心で絶対で、それだけは何をおいても明確だった。中心っていうか、背骨かな」「推しから発されたもの、呼吸も、視線も、あますことなく受け取りたい。・・・・・・朝、推しくんが耳許でおはようと言うんですよ。目が覚めて最初に聴くのが真幸くんの声なんですよ」「体からだるさが溶け出していって、芯から温もって、ああ、きょう、わたしなんとか生きていけるなって思います」「推しは命にかかわるからね」・・・・・・。日常も勉強もバイトも、みんなのようには全くできない「あたし」。そんな生き辛さ、他との拭い難き違和感、孤独感をなんとか凌いで進めるのは唯一、「推しを推すこと」だ。その推しが、ファンを殴り、グループは解散して芸能界から去っていく。「あたし」は推しがいなくなる衝撃を受け「生きていけない」と思いつつも、周りの大人の顔色をうかがい続けた彼が「自分で光を発し始め」、そして今、引退を自ら決断したことに思いを馳せる。なぜ推しが人を殴ったかはわからない。しかし推しの決断を思うなかで「今までの自分自身への怒りを、かなしみを、叩きつけるように振り下ろす」と思うのだ。著者もテーマも若いがリズム感ある熟練の文体。


パンデミック後、新しい世界が始まる 命の経済.jpg「命の経済」への転換を訴える。昨年10月の出版だから、「コロナ」のデータは7月頃までが中心だと思う。2021年3月の現在、欧州では「変異株が急増」、日本では「首都圏の緊急事態宣言が21日まで延長、下げ止まらない」「コロナのダメージが長期となり、観光・飲食・航空等の交通機関、そして医療体制と、持ちこたえられない所(倒産等)が出ている」「年内の完全終息は見込めない、重傷者も時々は出る(尾身茂会長)」と厳しい状況にある。アタリ氏は、昨年夏頃までのデータを使ってだが、その本質と未来を観ようとしている。その背後にある分析は「現在のパンデミックが過ぎ去っても別のパンデミックが訪れるだろう」「今回のパンデミックを外出禁止措置等で乗り切ろうとしても、疲弊した企業や医療等は、元に戻らないことがある」ということだ。だからこそ「命の経済」への転換を図ろうというのだ。

パンデミックの歴史を語り、今回の未曾有のパンデミックに対して、中国には厳しく、ロックダウンの欧米のやり方を批判、"三密""マスク""手洗い"等の韓国・台湾等を褒める。そして、今後の世界は「米中両国が衰退し、覇権国なき世界に向かう変化が加速する」とし、EUの使命に言及する。そして、今回のことで「自己と向き合う貴重な機会を得た」「テレワークの増大」「非営利活動の発展」「情報リテラシー」「心地よい時間こそ大切」など、新しい動き、価値観が生まれていることを指摘する。

そして「命の経済」――。「我々は、組織構造、消費、生産の形態を抜本的に見直す必要がある。経済活動を新たな方向に誘導しなければならない」という。優先課題は「治療薬とワクチン開発」「医療、予防、健康増進のヘルスケアの強化」「新たな対話の形、食生活を改める(少肉多菜、少糖多果、地産地消)」「密集型都市からの脱却」「医療とともに教育に力を入れる(遠隔教育、再就職の職業訓練、生涯学習、遠隔授業、失う社会性やグループ活動、スポーツ、社会活動への支援)」「文化と娯楽の未来」・・・・・・。パンデミック後の成長分野、健康・食糧・住宅・文化・スポーツ・教育等々、そして環境も国土保全も視野に入れた市場では満たせない莫大な需要へのシフト。それが「命の経済」だという。そして「自動車、航空機、工作機械、ファッション、化学、プラスチック、化石燃料、ぜいたく品、観光などの企業が過去の市場を取り戻すことはない」と指摘する。別のサービスへの移行を模索する一方で、「観光業を救え」「持続可能な観光を模索せよ、一部の観光地への過剰観光ではなく、近場の観光も」と提唱する。さらに地球温暖化が人類に危機を及ぼす一方で、それがパンデミックを引き起こす、リンクしていることを指摘する。こうしたパンデミックが100年に1回でなく、たびたび起きるとすると、全くその通りだ。警告と提唱の本。


51QyO8Im5RL._SX341_BO1,204,203,200_.jpg「吹けよ あれよ 風よ あらしよ。強い風こそが好きだ。逆風であればもっといい。吹けば吹くだけ凧は高く上がり、トンビは悠々と舞うだろう。その年、大正2年9月20日――祝いどころか用意もしてやれない困窮の中で、野枝は長男・一を産み落とす」――。明治・大正を激しく駆け抜け、手塚らいてうの「青鞜」に参画し、アナキスト大杉栄とともに憲兵に連れ去られ殺害された婦人解放運動家・作家の伊藤野枝の28年の生涯(1895年~1923年)。

福岡の糸島郡今宿村の貧しい家に育つ。色は浅黒く、小柄で、黒々とした眼光は強いが澄んでいる。野育ち少年のようで、激しく、これほどまでというほどの負けず嫌いで、頭脳明晰。出て来た東京は、近代化・産業化の轟音、日清・日露の戦争を経て、政治・思想闘争は過激を究めていた。幸徳秋水らが処刑された大逆事件が1910年(明治43年)、平塚らいてうの「青鞜」創刊は1911年(明治44年)。10代後半の伊藤ノエはそのど真ん中を疾走した。教師の辻潤と恋愛関係になり、2度目の結婚。そして大杉栄をめぐって妻・堀保子、神近市子、野枝との四角関係は泥沼化し、神近が大杉を刺す日陰茶屋事件に行き着くが、結局は大杉と野枝が結ばれていく。赤貧洗うがごとくの生活で、家賃も払えず家も転々、同志も変転するが、大杉との間では同志的絆も強く、相性も良く、毎年のように5人もの子を成す。そして関東大震災後の混乱のなかで、官憲に捕われ共に殺される。

明治維新から50年――世界も第一次世界大戦、ロシア革命。日本の近代化、労働運動や女性解放・人権運動の勃興期。社会も人間も荒削り、欲望むき出しの時代であったことが、伊藤野枝の激しい生涯(たった28年)を通じてよくわかる。「叔父夫婦をはじめ野枝には苦労のかけられ通しだったろう」「もとより大杉は、行動・実行にこそ重きを置いている。思想を広めるだけで呑気に満足している連中を横目に見ながら・・・・・・」「世の多くの人々は大杉栄を無鉄砲だと思っている。近藤の見る大杉はそうではない。何をするにも計画は細心にして緻密、ただし、いざ心を決めたら算盤を捨てて立ち上がる。計画と実行の間が人より短いだけだ」・・・・・・。どんな思いで死んでいったのだろう。「これでもう失わなくていいのだ。与り知らぬところでひとの命が奪われ、自分ひとり遺されて生きながらえる恐怖に、二度と怯えなくていい。追い求める理想と、炉辺の幸福の間で板挟みになる必要もない」「あらしの時は去っていった。ここには風すら吹かない。この穴よりもなお深い、安堵」・・・・・・。凄まじい評伝小説。


食料危機 井出.jpgこのコロナ禍で、食料危機は世界最大級、しかも喫緊の課題であることは、2020年10月、国連WFP(国連世界食糧計画)がノーベル平和賞を受賞したことからも窺える。現在、世界では十分に食料を確保できない人は9億4000万人、なかでも極度の食料不安を抱える人は約2憶7000万人で、コロナ禍以前より急増しているという。アフリカでの食料危機は厳しく、日本でも食品ロスが大きな課題となっているように、「大手コンビニ1店舗で、1日1万円以上の食料を捨てている」現状がある。

その原因は単なる「人口増」などで片づけられるものではない。本書ではまず「分配の不平等」をあげる。貧困(経済力がなければ食料が購入できない)、紛争、自然災害、経済の停滞で食料が入手できないことは、イエメンやコンゴ等でも明らかで、そこからまた暴動・紛争が起きている。次に「搾取主義の食料システムとヒエラルキー(高所得国が低所得国から搾取する構図、強者が独占し弱者に分配されない)」「食品ロス(食べ物の3分の1が捨てられている)」が指摘される。そして生産面や利用面から考えると「気候変動(水不足や高温での旱魃)」「ミツバチやその仲間の減少」「バッタの害」「バイオ燃料・バイオエタノール(バイオマスがカーボンニュートラルであっても可食部まで使われている)」「肉食の増加(牛1キロあたり11~13キロの穀物が必要)」がある。そして「新型コロナが脆弱な国に打撃を与えること」「人口が2050年には97億人まで増加すること」など10の原因をあげている。

その対処方法は、それらの原因を減少させることに尽きる訳だが、「食品ロス削減(賞味期限を延ばす技術革新、30・10運動、食べ残しへのペナルティ)」「食料安全保障の『利用可能性』」「消費者啓発」「昆虫食」「省資源化の取り組み、培養肉の開発」「食のシェア(フードバンク、家庭で余った食べ物を必要な人に渡すフードドライブ、おてらおやつクラブ)」「生ごみの資源化(リサイクル)」等、きわめて生活の身近なことまでの具体例をあげる。そして最後に「食への危機感も敬意も足りない日本人」「貧困、飢餓を1、2とするSDGsについて日本は周回遅れだ」と厳しく指摘、意識改革を促し、「私たちができる100のこと(アクション100)」を例示する。


平蔵の母.jpg「本所のテツサブロウに、会わせておくれ」――。心臓発作で倒れた老女がそればかり言う。銕三郎はたしかに長谷川平蔵の幼名。与力筆頭・柳井誠一郎、同心・俵井小源太。手先を務める「清澄楼」の仲居・美於らが動くが、平蔵はそれが母親になりすました盗賊仲間による復讐劇であることを見破る。一網打尽。この「平蔵の母」を含む6つの短篇集。

「せせりの辨介」――。神楽坂の古物商「壺天楽」の主人は、かつて盗っ人の「ばってらの徳三」。その店を、色褪せた風呂敷を抱えた30前後に見える小柄な女がたずねる。その中には黒い薬師如来の立像があり、脚の部分をえぐった奥の空洞から30両もの小判が姿を現わした。裏の裏、そのまた裏をかく辮介と平蔵の戦いが始まる。

「旧恩」――。寒風が吹き荒れる日、大店のあるじとぶつかった女が、何かをすり取った。その女はすれ違った若手の同心・今永仁兵衛の顔をまじまじと見つめる。仁兵衛の手先で浅草の「矢場一」で働く可久が追うと・・・・・・。なかなかのしゃれたいい話。

「陰徳」――。浅草田原町の料理屋「鈴善」のご新造・あやのが、渡し船に乗ろうと急ぐ井原進十郎を呼び止める。その船は沈没して皆死亡し、乗りそこねた進十郎は命拾いするが・・・・・・。その裏には陰徳陽報と因果があったことを平蔵が見抜く。善意だけでない人間心理の奥の奥がのぞかれる。「深川油堀」――。恵覚寺の貞道和尚にはめられた潜竜と、賭場で知り合った「梵天の善三」による仕返し。それに可久がからむ。「かわほりお仙」――。盗っ人稼業をしていた歌吉と仙は、今は堅気。歌吉は長谷川組の手先だ。"のすりの三次"に滝野川村の正受院の山門に来いと仙は呼び出される。石神井川沿いの茂み裏側の崖に小さな洞穴。そこで仙と歌吉は三次を倒すが・・・・・・。

人間の業と悲哀、怨念と人情、事件の裏と仕掛け・・・・・・。逢坂「平蔵」の世界が滲み出る。

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プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任、公明党前代表。元国土交通大臣、元水循環担当大臣。

現在、衆議院議員、党全国議員団会議議長、東京第12総支部長、首都直下地震対策本部総合本部長、現代中国研究会顧問など。

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