ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人.jpg東京から離れた小さな観光の町。若者たちが町おこしを企画するが、コロナ禍で中断を余儀なくされ、寂れと閉塞感が漂う町。そんななか、殺人事件が起きる。殺されたのはとても信頼されていた元中学校教師・神尾英一。東京に住む結婚間近の娘の真世は、動揺・混乱のなか駆けつける。ちょうど同窓会をやろうと同級生が集まることになっており、そのなかには今、人気沸騰のアニメ「幻脳ラビリンス」の作家・針宮克樹や、それで町おこしをしようとしていた建設会社の柏木広大、銀行員の牧原悟、九重梨々香、本間桃子、原口浩平らの面々がいた。捜査が開始されるが、そこに突然現われた神尾英一の弟の武史。これがなんとマジシャン。「俺は警察より先に、自分の手で真相を突き止めたいと思っている」と真世を使いながら、警察を手玉に取って謎を解明していく。周りを翻弄する、まさに心理学に長けた"黒い魔術師"の知恵と仕掛け満載。怪しい、ぶっ飛んだ"お叔父さん"だ。

コロナ禍を背景にした東野圭吾最新作。殺人動機を考えると、"正義"や"善意"というのは真正面から振りかぶられると、この矛盾撞着の社会では、時には困り果てることもあるもの、との思いを深くする。


忖度と官僚制の政治学.jpg「政治家と官僚」「権力と忖度」という政治の今日的問題を、マックス・ウェーバー研究で著名な野口雅弘成蹊大教授が、ウェーバー、シュミット、アーレント、キルヒハイマー、ハーバーマス等々の思想を交えて語る。「政治と官僚」の現場にいる私としては、当時と現在ではグローバル化した経済社会、情報・メディア社会をはじめ大きく変化している状況にあるが、その根本的な問題を改めて「考える」ことは貴重なことだと思う。

ウェーバーは、「パーソナルではない」「事柄に即した」事務処理を官僚制の特徴とした。脱官僚は、政治的な決定の幅を広げ、パーソナルなものを呼び戻すことであり、「人」による決断の根拠をめぐる党派的争いが顕在化することを意味する。官僚組織の「合理性」で押さえ込んだものが、解き放たれ、「声の大きな人に左右される」か「決められない政治」になったりする。民主党政権の「脱官僚」と「決められない政治」はリンクするわけだ。その「決められない政治」は、「伝統的支配」「合法的支配」「カリスマ的支配」の三つの支配類型で、官僚の「合法的支配」から「カリスマ的支配」への待望を呼び起こす。カール・シュミットの問題提起だ。アレントの「権力」と「暴力」の区別も、カリスマ的支配の「不安定性」「人々がカリスマを承認するかどうか、そこに潜む破壊性の怖さ」の分析も、同じ位相といえる。ただし、「今日、カリスマと呼ばれるリーダーは、ウェーバー的な意味におけるカリスマとは異なる。彼がカリスマに込めた政治的な論争性の援護という視座が抜け落ちている」と指摘する。

「仕事としての政治」でウェーバーは「官僚の行為は"怒りも興奮もなく"なされる。政治家によって決定されたことを、自分が反対の意見をもっていたとしても、淡々と、誠実に人格を介在させずにやり通すことに、官僚の"名誉"がある」という一方、「政治家を特徴づけるのは"闘争"である。違う立場の人と論争し、自分の決断・決定に責任を負うことが求められる」という。私は「官僚主導か政治主導か」という二者択一論には違和感がある。官僚は優秀だが、世の中の動き、多様な民意についてのセンサー、動体視力には弱く、前例踏襲主義に陥りがちになる。政治家は"民の中"で動いている。厳しい選挙という審判が常に待っている。緻密性に欠ける所もあるが、時代の変化という"時間軸と動体視力"は不可欠だ。大事なことは役割が異なり、違う世界に生きてきた両者が交わり、いいコンビネーションでやっていけるかどうかだと実感する。そこに"悪しき忖度"を乗り越えるカギがあるとも思う。


冬の狩人.jpg圧倒的な迫力、息もつかせない展開で面白い。累計200万部を超える人気の「狩人」シリーズ、6年ぶりの新作。3年前にH県本郷市で起きた迷宮入りの凄惨な殺人事件、「冬湖楼事件」。市長、弁護士、県内最大建設会社の社長が射殺され、県内最大の地元企業で本郷市を"企業城下町"としている「モチムネ」の副社長が今も意識不明という大事件だった。ある日突然、現場から消え、行方不明だった重要参考人・阿部佳那から県警にメールが届く。警視庁新宿署の刑事・佐江の護衛があれば出頭するというのだ。しかし、H県警の調べでは、佐江は新宿の極道に嫌われ、暴力団との撃ち合いで休職中だという。なぜ"重参"はそんな所轄違いの"危い男"を指名したかといぶかるが、H県警捜査一課の愚直な新米刑事・川村に佐江に付くことが命じられる。筋金入りのマル暴・佐江と新米デカ・川村のコンビが誕生、危険に遭遇するごとに信頼が深まっていく。

巨大企業・モチムネの抱える闇、社内や警察内での情報漏洩の怪、恐るべき"殺し屋"集団、いかにも修羅場をくぐってきたような落ち着きを見せる"重要参考人"・・・・・・。最後の最後まで緊迫した攻防が繰り広げられ、したたかで胆のすわった佐江の捨て身の"戦さ"が際立つ。


51fUAtjFmeL__SX348_BO1,204,203,200_.jpg海猿に対する海蝶――。海上保安庁にいまだいない女性潜水士に挑戦する若き女性と家族の物語。素晴らしい感動作だ。何よりも日本周辺海域の安全を守る過酷な毎日の戦いに、自分を律し、仲間を信じ、黙々と精励する海保の使命感と責任感に頭が下がる。「正義仁愛」の精神が伝わってくる。

女性初の海保潜水士として注目されるなかスタートした忍海愛。兄の仁は奇跡の救難と呼ばれたフラワーマーメイド号事件で表彰された特殊救難員。父は、現役最年長記録を更新中の潜水士。まさに「正義仁愛」一家だ。しかし、彼らを育て支えてきた母・ひすいを、東日本大震災で失ったトラウマが家族を襲い、愛は「手を離した右手」に残る心の傷を抱え続けてきた。覚悟のデビューをした愛を待ち受けていたのは、八丈島沖5キロで横波を受けて転覆した船の救助作業、要救助者は2名だという。しかし、船名もわからず、様子がおかしい。救助された女性の様子も変だ。そして、この海難事件が、津波による母の死からぎこちなかった「正義仁愛」一家を巻き込んでいく。


われもまた天に.jpg今年2月に逝った古井由吉さん。未完の「遺稿」を含めた著者最後の小説集。昨年2019年の立春から晩秋、千葉や東日本全域で台風に襲われた時までの折りおりの事象のなか、病みゆく身体のなかで感じた心象風景を4編で綴る。「自分が何処の何物であるかは、先祖たちに起こった厄災を我身内に負うことではないか」(遺稿)が、最後の言葉となっている。

「雛の春」――インフルエンザの流行するなか、またも入院。病院のホールに飾られた雛飾りに、自宅にあった雛人形を思い出し、空襲の記憶や炎上する人形、雪の夜の女性の顔が連歌のように続いて出てくる。「われもまた天に」――令和となった初夏、天候不順が続き、高齢者の車の暴走による死傷事故、中年男が登校中の子供の列に包丁で切りつけるなどの事件が起きる。疫病について明の医学者・李挺の言葉「吾のいまだ中気(中和の気)を受けて以って生まれざる前、すなわち心は天に在りて、五行の運行を為せり。吾のすでに中気を受けて生まるる後、すなわち天は吾の心に在りて、五事の主宰を為せり」が心に浮かぶ。そして「そんなことを繰り返して年老いていくものだ」と思索をつぶやいたり、「道に迷った」思い出を語る。

「雨あがりの出立」――梅雨どき、次兄の訃報が届く。父親、母親、姉、長兄の死んだ時を思い起こす。次々と取り止めもなく思っては感慨めいたものに耽ける。「遺稿」――9月、10月と襲う台風、自宅や入院しての病院で、「重たるい天候も体調も改まろうとしない」なか、思念が途切れることなく続いていく。それが切れることなき長い文章で語られる。弱まっていく身体感覚が"老い"をよりリアルに語りかけてくる。

空襲を体験し、この世の厄災を常なるものと生老病死の次元でとらえてきた古井由吉さんの晩年の心の深淵が、静かに迫ってくる。

<<前の5件

プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任、公明党前代表。元国土交通大臣、元水循環担当大臣。

現在、衆議院議員、党全国議員団会議議長、東京第12総支部長、首都直下地震対策本部総合本部長、現代中国研究会顧問など。

太田あきひろホームページへ

カテゴリ一覧

最新記事一覧

私の読書録アーカイブ

上へ