417vfYI36IL__SX348_BO1,204,203,200_.jpg韓国で高い評価を受けている女性作家のチョン・イヒョンの短編集。繊細で生き生きとした描写力を、微妙な情感を包むかのように訳している。かつての"むき出しの暴力の時代"ではないが、「今は、親切な優しい表情で傷つけあう人々の時代であるらしい」「"優しい暴力"とは、洗練された暴力、行使する人も意識していない暴力だ。それはまた社会に広く行き渡った侮辱の構造の別名である」という。

そこそこの豊かさの時代は、他者への無関心の進行と並走しているようにも思う。社会や他者との間にわかり合えない"違和感"と"孤独感"をイライラのなかで募らせているのが現代かもしれない。「ミス・チョと亀と僕」は都市でひっそりと暮らす主人公と老婦人。亡くなった老婦人から「ちゃんと育ててくれそうだから」と亀を遺産として受けとる。「何でもないこと」は、フライパンのガラスのふたが爆発、製造元に問い合わせるが、淡々と機械的な対応で苛立つ。一方、十代半ばの娘が妊娠・出産する深刻な"事件"も、周りは平然と"何でもないこと"のように進んでいく様子が描かれるが、まさにそれ自体が"優しい暴力の時代"ということだ。「私たちの中の天使」「ずうっと、夏」も、後悔のなかで長く子どもたちを育てていくことや、日本人と韓国人の夫母をもった女性の海外生活の"生きづらさ"などが繊細に表現される。「アンナ」では英語幼稚園になじめない子どもと、温かく接してくれた母親の同窓生アンナの起こした"ヨーグルト騒動"が描かれるが、韓国の英語志向やチョンセという住宅事情の背景が浮き彫りにされる。「夜の大観覧車」「引き出しのなかの家」「三豊百貨店(1995年に起きた百貨店の崩落事故)」も、社会の変化するなかで人々が何らかの苦難に遭遇している様を、じわっと静かに描き出している。


スマホ脳.jpg「うちでは、子供たちがデジタル機器を使う時間を制限している」とは、スティーブ・ジョブズの言葉だ。彼だけでなく、IT業界のトップは、わが子にデジタル・デバイスを与えないという。うつ、睡眠障害、記憶力・集中力の減退、学力低下、依存・・・・・・。最新の研究成果は、スマホの便利さに溺れているうちに脳が蝕まれていく恐るべき実態をあぶり出す。著者はスウェーデンの精神科医、世界的ベストセラーとなっているという。

デジタル化は脳には諸刃の剣。毎日何百、何千回もスマホをスワイプして脳を攻撃していたら、注意力は散漫、慢性化すると、その刺激に欲求を感ずるようになる。小さな情報のかけらや「いいね」を取り込もうとして、大きな情報の塊をうまく取り込めなくなる。デジタルの道具を賢く使うこと、デメリットもあることをよく理解してほしい。そして、睡眠、運動、他者との関わりの3つ。これが精神的な不調から身を守る3つの重要な要素だという。さらに人間がテクノロジーに順応するのではなくテクノロジーが私たちに順応するように開発せよ、偽情報を拡散しないようにしよう、と呼びかける。

「スマホは私たちの最新のドラッグである」――。周囲の環境を理解し、脳は新しい情報を探そうとするが、その脳内物質がドーパミン。ドーパミンの最重要課題は、人間に行動する動機を与えることだが、SNSは報酬中枢を煽る。日に何百回とドーパミンを散出させるスマホ、人は気になって仕方がない。集中力が落ちる。メモをとると情報を処理する必要があるので内容を吸収できるが、覚えなくてもパソコンに任せるとなると覚えるエネルギーが不要だから吸収できない。長期記憶を作るには「集中」という「固定化」と「睡眠」が必要だが、スマホによって「睡眠」が削られ、「集中と熟考」が疎外される。「周辺への無関心」も進む。「SNSが私たちの共感力を殺す徴候がいくつもある」「SNSが女子に自信を失わせる」「フェイクニュースの方が拡散する」という。

「バカになっていく子供たち」――「幼児には向かないタブレット学習(文字を書いて覚える。紙とペンで書くという運動能力を鍛え、感覚を身につけることが大切)」「若者はどんどん眠れなくなっている」「若者の精神不調が急増している」・・・・・・。「運動というスマートな対抗策」――「子供でも大人でも、運動がストレスを予防する」「少しの運動でも効果的」・・・・・・。

「デジタル社会が人間を注意散漫にしている」――「集中力」「記憶力」「共感力」が低下し、睡眠時間も減っている。「インターネットは深い思索を拡散してくれない。表面をかすめて次から次へと進んでいくだけだ。目新しい情報とドーパミン放出を永遠に求めて」「睡眠を優先し、身体を動かし、社会的な関係を作り、適度なストレスに自分をさらし、スマホの使用を制限すること。もっと多くの人が心の不調を予防することが解決策だと思っている」という。


SDGs(持続可能な開発目標).jpgSDGsは、2015年の国連総会で全加盟国が合意し、採択された世界の進むべき「未来のかたち」。貧困、飢餓をなくし、健康と福祉、産業と技術革新、海の豊かさを守るなど、経済・社会・環境にまたがる17の目標と169のターゲットがあり、2030年までの達成をめざす。「だれ一人取り残されない」ための目標を設定しているが、具体策は任されている。「従来型の、問題があって答えを導く問題集とは逆で、答え(目標)は書いてあるが、その答えを導くプロセスは書かれていない」「個別目標を達成するために押えておかねばならないチェックポイント、個別利益と全体利益との整合性をもたせるためのチェックリスト」「達成へ向けルールがなく、到達点だけが示されている」のがSDGsだ。全加盟国が合意し、今、全体に浸透していっているSDGsの意義はきわめて大きい。

「ポスト・コロナ」の"道しるべ"――。新型コロナの猛威のなかの世界。これによって失業、貧困、弱い立場の人への打撃、教育も経済も医療もダメージを受けている時、「だれ一人取り残されない」ためのSDGsが達成されていたら、影響は間違いなく緩和されていたはずだ。働き方や公共交通、GIGAスクール、デジタル化が進んでいればと思うが、だからこそ「ポスト・コロナの"道しるべ"」SDGs、「未来のかたち」SDGsということだ。

SDGsは従来の環境を重視した取り組みを「経済・社会・環境の統合」を実現させた。そして、企業にも「SDGsへの対応が企業価値を高める」「イノベーションの起爆剤となる」「"四方よし""中長期経営戦略""消費者意識の変化"などに対応する」という変化をもたらしている。自治体にも「SDGs未来都市への挑戦」「地方創生の方向性と戦略」「だれ一人取り残されない個性ある都市への志向」等々、取り組みの加速をもたらしている。

SDGsの第一人者である蟹江慶應大教授が解説する。


座右の書『貞観政要』.jpg「中国古典に学ぶ『世界最高のリーダー論』」が副題。「貞観政要」は、唐の第2代皇帝、太宗・李世民の言行録。座右の書とする人も多く、北条政子、徳川家康、明治天皇も愛読したという。房玄齢、杜如晦(とじょかい)、魏徴(ぎちょう)の3人の名臣を用いたが、とくに魏徴は、かつては李建成(次男の李世民に殺された兄)に仕えていた外様で、李世民に耳に痛いことを言い続けた。もう一人の功臣・王珪も外様で諫言する部下だった。

出口さんは『貞観政要』のなかの「三鏡」――銅の鏡(自分を映す)、歴史の鏡、人の鏡(部下の直言や諫言を受け入れる)を座右の銘にしているという。納得だ。「十思九徳――いいリーダーに共通する10の思慮と9の徳業」「魏徴は、何かをしなくても、また何かを命令しなくても世の中を治めることができるのが聖天子(徳の高い皇帝という。適材適所に人材を配置することで全てが決まる。あとは信頼して任せる)」「むやみに行使しないのが"強い権力"(権力は正しく使うべきであり、力をもって人民や家臣を服従させてはならない)」「どんな組織も"上に立つ人の器"以上のことはできない」「いっそ"上司の器は空っぽ"にする」「"人がついてくる"と、権力・人事権で"人を従わせる"は大違い」「明君の条件――複数の人の意見、諫言を聞き入れること」「人には瓦タイプ(じっくり育てる)と鉄タイプ(叩いて伸びる)の2つがある」「太宗は3つのことを実践した――"過去の皇帝の失敗に学ぶ""善人を登用する""戯言に耳を貸さない"」「太宗は大局観で捉える君主だったが、"小事が大事"と臣下には小さな問題も放置してはいけないと言った」「国家や組織を治めるには、リーダーが『言(げん)』と『徳』、言葉と人徳を立てることが大事(言葉と人格の言行一致)」「リーダーは目先だけでなく、"時間軸"を頭の中に持て」「思いつきの指示は部下に必ず見抜かれる(信と誠がある人が人を動かす)」・・・・・・。

臣下の劉洎(りゅうき)は、皇太子の教育が行き届いていないとして「読書」「文章」「人との交流」を太宗に上申した。人物を大きくする3要素だ。貞観政要には「『疾風、勁草を知り、板蕩、誠臣を識る』とあり、困難に遭って初めて真価がわかり、天下が乱れた時こそ、その人の忠誠心がわかる」とある。「優秀なリーダーでも管理できるのは10人が限度。太宗は自分は賢くない、すべてに口を出したら人民を惑わすとわかっていた。それで賢良な部下に任せた」「太宗は組織を少数精鋭にする、少数にしたら精鋭になると考えた」「創業と守成――房玄齢は天下平定に艱難辛苦を経験したゆえに創業が難しと考えた。魏徴は天下を安定させ驕りを心配し、守成の難しさを理解していた」・・・・・・。

「君は舟なり、人は水なり」は貞観政要の有名な一句。「水は能く舟を載せ、亦能く舟を覆す」とし、君主が正しい政治を行わなければ、水(人民)は荒れ狂い、舟(君主)を転覆させると言った。そして「有終の美」を飾れる人には「初心を忘れない」「諫めてくれる臣下をもつ」が大事といい、太宗は魏徴の直言を屏風にしたという。


ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人.jpg東京から離れた小さな観光の町。若者たちが町おこしを企画するが、コロナ禍で中断を余儀なくされ、寂れと閉塞感が漂う町。そんななか、殺人事件が起きる。殺されたのはとても信頼されていた元中学校教師・神尾英一。東京に住む結婚間近の娘の真世は、動揺・混乱のなか駆けつける。ちょうど同窓会をやろうと同級生が集まることになっており、そのなかには今、人気沸騰のアニメ「幻脳ラビリンス」の作家・針宮克樹や、それで町おこしをしようとしていた建設会社の柏木広大、銀行員の牧原悟、九重梨々香、本間桃子、原口浩平らの面々がいた。捜査が開始されるが、そこに突然現われた神尾英一の弟の武史。これがなんとマジシャン。「俺は警察より先に、自分の手で真相を突き止めたいと思っている」と真世を使いながら、警察を手玉に取って謎を解明していく。周りを翻弄する、まさに心理学に長けた"黒い魔術師"の知恵と仕掛け満載。怪しい、ぶっ飛んだ"お叔父さん"だ。

コロナ禍を背景にした東野圭吾最新作。殺人動機を考えると、"正義"や"善意"というのは真正面から振りかぶられると、この矛盾撞着の社会では、時には困り果てることもあるもの、との思いを深くする。

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プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

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