国宝上.jpg国宝下.jpg歌舞伎の世界の芸と美と業。梨園の高尚な世界が、これほど業火にもまれ、泥臭く、むき出しの人間として苦闘し、芸と美に奥深く入り込んでいくものか。その一途さと熱量がぐいぐいと迫って来る。「悪人」や「怒り」とはまた違った骨太で美しく鮮やかな作品。

極道の家に生まれ、歌舞伎役者となった美しい喜久雄(三代目花井半二郎)。歌舞伎の御曹司として生まれ、険しい道を歩み続ける俊介(五代目花井白虎)。二人は兄弟同然、心を通わせる。親父の刺殺、先代の糖尿病による失明や襲名口上での吐血と死、俊介の出奔放浪、喜久雄へのいじめ‥‥‥。苦難というより悲劇そのものだが、懸命に支える家族や友人。芸を究める厳しさと孤独が、波打つように伝わってくる。若き二人の役者は、頂点に登り詰めるが、なおも狂うように芸の世界を求め続けるのだ。

歌舞伎の世界、"物狂い"の美の世界と、二人の生き様が、混然一体となる。


現代社会はどこに向かうか.jpg副題は「高原の見晴らしを切り開くこと」。貨幣経済と都市の原理が社会全域に浸透し、消費や生産は勿論、すべてが無限に発展する「近代」という原理が今、環境的にも資源的にも、人間の生きる「世界の有限性」に出会うことになった。歴史の第二の曲がり角に立つ現代社会は、どのような方向に向かい、人間の精神はどのような方向に向かうのか。時代の見晴らしをどのように積極的に切り開くことができるか。見田先生の多数の著作を若い頃から読んできたが、きわめて刺激的。日常の思考から距離を置いて時代を把えることに恵まれた。

日本と世界の青年の1970年代から始まる意識の変化と、巨視的な人間という生物種の消長・ロジスティック曲線が提示される。この40年、青年の精神が激変しているものとして「近代家父長制家族システムの解体とジェンダー関係の意識の解体」「経済成長課題の完了。生活満足度の増大(結社・闘争性の現象と保守化)」「あの世、お守り、奇跡など魔術的なるものの再生、近代の基本的な特質である合理主義的な世界像のゆらぎ」の3つを指摘する。生活スタイル、消費行動も大きく変化し、シンプル化、ナチュラル化、脱商品・脱バブリー、経済に依存しない幸福の領域の拡大が深部で進行している。それは欧米でも幸福感の増大、脱物質主義として現われ、「成長と開発」に代わって「共存と共生」「寛容と他者の尊重」「単純な至福の感受」の基調音が奏でられる。そして、「未来の約束によってはじめて生きていることの『意味』が支えられているのは現在の生が不幸であるからだ」「生きることの単純な幸福を感受する能力。取り戻すべき基底のあり方は、この世界の中にただ生きていることの『幸福感受性』である」という。さらに「近代の最終ステージとしての"現代"の特質は、人びとが未来を失ったことにある。加速し続けてきた歴史の突然の減速が、生のリアリティの空疎をもたらしている」と指摘する。

時代の空気の潮目は変わろうとしている。必要以上に富を際限なく追求する者は軽蔑され、「多くを人に与えられる人」が富める豊かな者という感覚が広がっていく。持続可能な世界、破壊ではなく「永続する幸福」への「幸福感受性の奪還」を示す。そして「20世紀型革命の破綻から何を学ぶか――卵を内側から破る。胚芽をつくること。破壊ではなく肯定する革命」を明示する。


下町ロケットヤタガラス.jpgテーマはまさに今の日本の課題と技術革新の最先端。準天頂衛星が打ち上げられ、いよいよ「センチメートル測位社会」が到来する。農業は危機を脱出し、「攻めの農業」への転換期。無人農業ロボットの開発、自動走行制御システム、トラクターのエンジンとトランスミッションの技術開発が不可欠となる。

佃製作所の佃航平、山崎光彦、そこに加わった島津裕や実家に帰って稲作に奮闘する殿村直弘たちの下町の心意気をもつ者たち、帝国重工の社内抗争の渦中にある財前道生らは、次から次と襲ってくる敵の謀略・仕掛けに敢然と挑んでいく。そこには、「農業を救う」「農業に携わる人に寄り添う」という理念があった。そして勝つ。


凶犬の眼.jpg常識外れのマル暴刑事と極道の意地の戦いを描いた「孤狼の血」の続編。史上最悪の暴力団抗争、「明石組・心和会」の明心戦争が勃発する。田舎の駐在所に異動となった日岡秀一だが、懇意のヤクザから建設会社社長だと紹介された男が、指名手配中で警察と明和組が血眼となって追っている国光寛郎だった。

国光は日岡にいう。「少し時間がほしい。まだやることが残っとる。目処がついたら必ずあんたに手錠を嵌めてもらう」と。・・・・・・「お前みとうなヤツ、刑事じゃないわい。極道以下の外道じゃ!」「自分は、刑事という名の極道だ。国光と同様、目的のためなら外道にでもなる"凶犬"だ」・・・・・・。

"男の世界""人間道の世界""週刊誌などの報道の世界"のズレも描かれる。


フランス人の性.jpg副題は「なぜ『#MeToo』への反対が起きたのか」。これまで口を噤んでいた女性たちが男性のセクハラ、レイプを名指しで糾弾するようになったムーブメントだが、フランスではカトリーヌ・ドヌーブら100人の女性が反対声明を発表した。いったい何故。フランスでは「性」についてどう考えているのか。フランス在住の女性ジャーナリスト、外国人ママンである著者が報告する。

「フランス人は8歳から性教育をする」「"不倫はモラルに反しない"という最高裁判決(不倫に寛容な国)」「ママ友に共通するのは、性について、誠意をこめて、言葉を尽くして子どもと話す努力をしていること」「パリ五月革命とエイズがセックスを変えた」「個人のプライバシーが保障され、カップル生活は会社の介入するところではない」「禁欲的なピューリタンが建国の礎を築いたアメリカ生まれの"セクハラ"の定義」「米仏二国間での性意識の違いが浮き彫りになった"ストロスカーン事件"」「恋愛をモラルで断罪しないフランス人(プライバシーについて他人がとやかく言うことではない)」「大統領にお金のスキャンダルがあれば失脚だが、恋愛スキャンダルには寛容」「フランスのカップルの生活はシビアで、その関係には緊張したエロスがある」・・・・・・。

そして「グレーソーンはグレーだからこそ、各人が自分とパートナーに対して責任を持って行動すれば自由な領域にもなり得る。その『自由』は私たちが、権力や体制と戦って獲得したものなのだから、とことん大切にしたいと思う」という。

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プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任、公明党前代表。前国土交通大臣、前水循環担当大臣。

現在、衆議院議員、党全国議員団会議議長、東京第12総支部長、首都直下地震対策本部総合本部長、現代中国研究会顧問など。

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