anohikari.jpg「あの光」――心に巨大な空洞を抱え、情愛に飢え、虚ろな人生に日常が覆われる者にとって、「光」は救いであり、かすかな希望であり、自分を立て直す熱源である。救いを求める者の心理に深く踏み込んだ危ういメソッド。「嘘でもいいから、偽物でもいいから」と互いに惹きつけあって崖に突き進んでいく宿業ともいえる愚かな人間の姿が生々しく描かれる力作。詐欺とも、疑似宗教とも言える情けない騙しの現実は日常的に転がっているかもしれない。

ハウスクリーニング会社で働く高岡紅は、丁寧な仕事と気配りで、指名が入るほど信頼を得ている敏腕社員。自己愛が過剰で、他人はもとより紅にも愛情を注げない水商売の母・奈津子から独立を促され、起業することを決意。仕事は軌道に乗り、さらに掃除と開運を結びつけた「開運お掃除サービス」へと発展させる。掃除の知識と人生経験を結びつけたメソッドは、SNS上で話題となり、書籍の出版やセミナー開催など、母親譲りの弁舌もあって多くの主婦を巻き込んでいく。掃除をすれば、弱い自分というものから抜け出せる、運命に踏みにじられる人生から脱出できる――。こんな欺瞞に満ちた危ういビジネスモデルは、相談に乗ってくれていた幸村からも、「よくそういう屁理屈を思いつくな。大勢の生徒をぶら下げた『屁理屈のジャングルジム』」といわれるが、心に空洞を抱えた者たちをどんどん吸収していく。身体性を欠いたSNS時代の恐ろしさだ。しかし続くわけがない。ある事件をきっかけにしてSNS上で叩かれ崩壊過程に入っていく。開運どころか、あがいてもあがいても追い込まれていく。

「倫理も、他者の痛みも、彼女は軽々と飛び越えて夜の縁に立つ」――紅は嫌った母・奈津子と同じであったことを思い知るのだ。懸命に生きてきたのに、お金も運も少しも回ってこない。全てをひっくり返して全然別の人生を始めたい。虚構に身を委ねる女性たちの悲哀、心の闇が押し寄せてくる。虚ろな人生が交差し、愚かさの濁流が、あり得ることだけに情けなくなる。 


ikiru.jpg生命学、哲学者の森岡正博早稲田大学人間科学部教授が若手哲学者と「生きることの深淵」を覗き込む対談集。

はじめに、戸谷洋志さんとの対談「生きることの意味を問う哲学」――。デイヴィッド・ベネターの「生まれてこない方がよかった」(2017年に日本で翻訳)の「反出生主義」をめぐる対談。「この世で生きることは痛みを伴い、痛みがあるというのは害だ」「生まれてこない良さの方が、生まれてきた良さよりも勝ってしまう」との主張だ。「生まれてくることの価値」の問題を分析、哲学の土俵に乗せた功績があると言う。大事なことは「生まれてきて、本当に良かったという道にたどり着くにはどうすればいいのかを模索していくしかない」と森岡さんは言う。確かに、ハムレットのいう「世の中の関節が外れてしまった」という脱臼した社会のなか、「生きてきてよかった」と価値創造の勝利の人生を目指す私たち。「反出生主義は、宗教・哲学・文学のなかで、連綿と流れている人類の基調低音みたいなもの」「誕生否定、出産否定ではなく誕生肯定へ」「反出生主義はほんとうに自殺を導かないのか?」――イデオロギーではなく、現実の生命力が課題となる。

次に「当事者は嘘をつく」「戦争、犯罪等のサバイバーのその後」の小松原織香さんとの対談「"血塗られた"場所からの言葉と思考」――。「赦しをめぐる(結論のない)問い」――「応報感情か赦しかの2分法では分けられない」「遺族の方が『まっとうに生きてもらわなくては困る』『簡単に死刑は許さない。もっとこっちと同じように苦しめ』と揺れながら考え要求する」「シベリアでも津波でも、生き延びてしまったことの罪悪感が、加害者の自覚と結びつく。加害者であることを引き受けられるのか?」。「天声人語」や映画「ひまわり」に「他人事の感覚」「離別のドラマに陶酔する私たちは一体何者なのか」と問いかけ、「私にとって倫理とは、人生を品行方正に生きることではなく、残された人生を『加害の経験者』としてどのように生きれば良いのかを探求することである」と言う。

「日本的なるものを超えた未来の哲学」として、哲学者の山口尚さんとの対談。大森荘蔵の哲学の中で、特に3つの論点「見透し線」「ロボットと意識の問題」「ことだま論」について語る。「我々がロボットに意識があると本気で思い始めた時に、ロボットに本当に意識が宿る」「最終的には食べることと触ること。人間がロボットを食べるか食べられるか。人間がロボットと恋愛をしてセックスをして妊娠すること。この2つが可能になった暁に、ロボットは十全な意味で心を持ち生命を持ったと我々は考えるだろう」と言う。

哲学対話を幅広く行っている「水中の哲学者たち」の永井玲衣さんとの対談、「降り積もる言葉の先に」――。「哲学とは、過去の哲学者について研究をすることではなく、自分が抱えている哲学的な問題について、自分の頭と言葉で答えを探求していくこと」「哲学は、哲学史や哲学用語の知識の側面と論理的に考える力や概念というスキルの側面が強調されがちだ。大事なのは哲学する態度」と語り合う。

「私は、人生探求の学としての生命学と、アカデミックな生命の哲学を、これからの仕事としてまとめ上げていきたいと考えている。このニつはきっと統合されず、いつまでも、緊張関係を保ちながら対立すると思われるが、その動的な対立、それ自体に価値があるはずだ。それは『誕生肯定の哲学』という大部の書物に結実する予定である」と言う。 


okurukotoba.jpg早稲田大学で教鞭をとっている重松さん。コロナ禍の3年余、若者はまた子供たちは、何を考えどう行動したか――。しかもこの期間には、本書の「夜明けまえに目がさめて」で語るように、「令和ちゃんは、なにごとも中途半端が嫌いで、白黒をはっきりつけないと気がすまないキツめの性格なのだろうか」「日本語にはせっかく『しとしと』『そよそよ』『しんしん』『さんさん』という素敵な言葉があるのに」「風が吹いたら暴風、雪が降ったら豪雪、天気が良ければ、猛暑日」と、「とにかく極端なのだ」。そして、ロシアによるウクライナへの軍事侵略、安倍晋三元首相が銃撃されて、白昼堂々、"衆人環視"のもとで、命を奪われる。コロナ禍では、人との会話・接触が奪われ、マスクに覆われた世界となる。

学生たちに日記を書かせ、それに触れつつ文を綴る。2022224日、ロシアのウクライナ侵略――「ゼミ生の日記が変わった」と同時に、「なるほど、スマホで開戦を知る世代なんだなあ、テレビではなく」と思うのだ。重松ゼミの学生は幸せだと思う。世の中に出るといろんな壁にぶち当たる。しかし「まずは壁の前で絶望するな。小さな穴を開けることから考えよう」、そして「壁はそこにドアノブをつければ扉になる」「よくがんばったな」「またどこかで必ず会おう」と呼びかける。

中学校入学式までの忘れられない小学生の日々を描いた書下ろし作品「反抗期」も、小学6年生がどんな思いで、コロナ禍を過ごしたかがよくわかる。留めておきたい記録でもあると思う。

コロナ禍の子供たちや学生――。心にしみる豊かなメッセージの数々。改めて、この3年余を思い起こす。 


dousureba.jpg「日本経済は、今後さらに深刻な問題に直面する。長期的には高齢化が進行し、日本経済の成長にネガティブな影響を及ぼす。これに対応するため、外国人労働者の受け入れ拡大や新しい技術の開発が求められる。直近の問題としては、スタグフレーションの恐れがある。海外からインフレが輸入されるが、実質賃金は伸びないという『インフレと経済停滞の共存』だ」「本書では、これらの問題を『付加価値』という概念を中心に説明していく」「金融緩和を続けていれば、そのうち何とかなる、などという幻想を捨てることが必要だ。低金利と円安を続け、その上補助金をばらまいているだけでは、日本企業の体力はますます弱まる。こうした事態を防ぐため、新しい技術を積極的に取り入れることが必要だ(デジタル技術、生成AI)」と総合的に分析、提言をする。

「日本の地位低下の原因は円安。円安に安住して、改革の努力を怠った」「金融緩和と円安政策を進めたことが、日本企業の技術革新力を喪失させた。技術開発力の衰退が日本衰退の最大の原因。日本銀行はそう思わないだろうが」「問題が生じれば、すぐ補助金を出すが(ばらまき政策)、何の役にも立たず、企業が補助金に依存する体質を作り出し、企業を弱くしている」「時価総額の世界のトップ100社に入るのはトヨタだけ。100社の中で『テック』が25社、医薬品産業が12社もあるが、日本は遅れている。新しい資本主義とはハイテク産業の事だ。アメリカでは、企業の新陳代謝が起きている」

「成長を牽引してきた日本の製造業だが、就業者が減り(中国の工業化などで打撃)、人減らしで維持しただけで、技術開発やビジネスモデルの改革は行ってこなかった」「賃金は労使交渉で決まるのではない。賃金が上がらないのは付加価値が増加しないから。賃金は労働の存在量、資本量、技術進歩で決まる」「産業別・規模別の賃金格差をもたらすのは、分配率でなく資本装備率の差」「小規模企業や対人サービス業の賃金が上がらないのは、生産性(一人当たりの付加価値)が低いからであり、それは資本装備率が低いからだ」「2000年以降、医療・福祉を除けば、日本の産業構造はほぼ固定化してしまっており、産業構造の転換が進まず、構造や政策が製造業中心の時代から変わっていない。アメリカでは、IT企業が急成長、大きな構造変化が起きた」

「貿易収支が20兆円の赤字に。赤字拡大の直接の原因は、資源価格高騰と円安」「スタグフレーションの恐れがある。物価引き下げによる実質賃金の引き上げを目標とすべきだ」「今後、高齢化の進行に伴って、社会保険の財政自体がひっ迫するので、少子化対策で社会保険料率の引き上げは筋違いだ。法人税の増税を検討すべきだ。増大する社会保障費を賄うためには、消費税率引き上げが必要」と言う。

「異次元金融緩和は物価上昇を目標にしたが、マネーストックは増えず失敗した。円安への安易な依存が企業の活力を奪い、円安政策から脱却できなくなった」「過剰な金融緩和の是正が日銀新体制の課題」「マイナンバーカード『迷走』曲ーー健康保険証を廃止していいことがあるのか。利用者の利便ではなく、カード普及だけが目的となっている。マイナンバーの利用範囲拡大のポイントは預金口座」「この問題は、結局のところ、国民が国を信頼するかどうかにかかっている」

「日本経済衰退の原因は、IT革命に対応できなかったこと」「デジタル化投資こそ、日本が目指すべき道」「生成AIの登場という大変化が生じている。ChatGPTの基礎になっているトランスフォーマー技術の成長に見るアメリカの強さ」

低金利と円安を続け、補助金をばらまいているだけでは、日本の企業は体力をますます落とす。新しい技術を積極的に取り入れ、日本を再興せよ、と言う。


ka-tenko-ru.jpg「これが最後の作品集になるだろう」と言う巨匠・筒井康隆さんの最近の25編を集めた作品集。いずれも8ページ程度と短い。しかしキレは抜群で鮮やか。右に左に、上下にぶん回される。極めて面白い。

最初の「深夜便」や「花魁櫛」――男と女。シャレが効いていて絶妙。男は鈍、女は不可思議。

「白蛇姫」や「コロナ追分」――ブラック・ユーモアの中の普通では言えないギャグ、不謹慎パロディー。巻き込まれて、ひどい替え歌をつい歌ってしまう。日本はどうなったの、そんな世界へ連れていかれる。最後の「附・山号寺号」も凄まじい。やばい現実を突きつけられもする。

息子さんの死に触れている「川のほとり」は寂しさや優しさが迫ってくる。「羆」――今年は人里に熊が出るが、こんな生き生きとした表現の童話だったら、映像にはるかに勝る。「楽屋控」や「プレイバック」ーー自分自身の事だから、人や物の本質を鋭角的に捉えてグサっとくる。「美食禍」――飽食の時代を時間軸を逆転させて切る。「離婚熱」――男には、一様に離婚熱というものがあって、なぜだかそうした実害のない不満だけで、離婚したくてしかたがなくなる時期がある。それはもう離婚熱としか言いようがない、灼けつくような離婚願望なんですよ。

「手を振る娘」――短編なのに、その世界を作り上げる見事さ。「最初におれを見たとき、なんで手なんか振ったんだろうね」。その店主の答え絶妙。「夜来香」――戦争が終わる上海の繁華街の喧騒の中にある孤独や寂しさと、「夜来香」の歌声。「塩昆布まだか」――100歳夫婦、こんななるなぁ!

「プレイバック」も「カーテンコール」も名だたる役者総出演。みんな生き生きと生きている。

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プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

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