yosimotoono.jpg吉本ばななによる現代版「遠野物語」が表題だが、そんなリキミはないと言う。「私が不思議を書くのであれば『日常を生きている中で、確かだったはずの世界に裂け目を見た、そしてそれは結果として、長い目で見たら、人生に少しだけ光を与えることになった』というものであってほしいと思った」と吉本ばななは言っている。 

日常の喧騒の中で、ふっと訪れる生と死の実存的生命の世界。家族や友人の死に触れたとき、過去と未来を映し出す夢を見たとき、偶然とは思えない人との出会いや出来事、本書にも出てくる「天井の木目に小さな顔があった。何度見ても顔だった」ようなこと、事故(訳あり)物件の住居・・・・・・。理屈のつかない、不思議な事はこの世にあり、人は事象の根底にある生命の深淵を覗くことになる。「怪談」話ではなく、生死の生命論的な感情に光を当てた13の短編集。

「だまされすくわれ」――。山の中を一人で歩くと、精神状態が変化する。人に会っても、人? 霊?

「唐揚げ」――。白血病で亡くなった従姉妹の小さなノートを預かる。お見舞いに行った日のことが書いてあり、「生きている若者へのうらやましさにもだえる」と・・・・・・。生きるって、贅沢なものだ。

「渦」――。外国人の元彼が死んだ。父も死んだ。「なんだかんだ言っても、先に進むのがいいんだよな。まだ見ていないものを見るっていうだけでも」と言った父を思う。「カーテンを開け、少し窓を開けた朝の光が部屋を照らし、新鮮な空気が細く入ってきた。今にいる・・・・・・やはり今というものが、何より最強なのだ・・・・・・とつぶやいたら、私の気持ちはさまようのをやめ、大丈夫になった」。

「幽霊」――幽霊みたいな細い傷が腕に刻まれたリスカの女に惹かれた。美しい、純な世界。とてもいい。

「光」――。著者の実話だと言う。中学生の時から知っていた若い女性のAさんがビルから飛び降りて亡くなった。彼女に言った最後のきつい言葉がどうしても気になってしまう。壊れてしまっていたAさん。「人は母の子宮からこの世に出てきたときに、世界との大きなつながりを失った感覚になるのだと思う。そして誰かたった1人でいいから、いつも自分の事ばかり考えてかまってくれる、母のお腹の中にいたときのように、一体化してくれる誰かを心のどこかで一生探してるように思う」「そのことを思い知りながら、やはり私はこの宇宙の理を、計らいを信じていたいと思うのだ。個人の世界の中では解決できない、もっと大きな因果の中で人は生きている」・・・・・・。「あらためてAさんに対して思う。出会ってくれてありがとう。笑顔を共有してくれてありがとう。思い出をありがとう。出会ってよかった」と言う。無常の中に常住を見る。宇宙生命の中で人間を見る人間哲学に導入する生老病死。

「炎」――。同級生のリュークが失踪する。普通に家族がいて、日常がある自分。家族の土台もなく、周りは知らない人ばかりのデューク。彼のベッドで眠ると悪夢を見る話。「おまえは育ちがいいんだよ。でも、すばらしいことだよ。俺はさ、いろんなバイトをしているうちに、裂け目みたいなものをいっぱい見た感じがするんだ」・・・・・・。「人が、どんなに人生をしくじってしまい、もしかしたら命を落としたかもしれなくても、何かほんのわずかな救いのようなものが、そこにはあり得る。親というものは、理屈も時空も超えて猛進して、子供を守りたいものだ」ということを知るのだった。

「わらしどうし(僕はひとりで寝る夜、天井の模様の中にひとつの絵を見つけていた)」「楽園(お母さんは死んだ兄を庭に埋めたという)」「最良の事故物件(大学生活のボロアパートに男の幽霊がいた)」「思い出の妙(天井の木目に知らないおじさんの顔があった)・・・・・・

世の中の裂け目に触れても、長い目で見たら、結果的に人生に光を与えることにつながる。絶望の中にもその深さを抱え続ければ小さくても光は見出すことになる。無常の中に常住を見る生命の哲学への機縁。 

プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

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