aiwo.jpg地球惑星科学を専攻した伊与原新さん独特の新作、全五篇。

「夢化けの島」――。萩市の北西、約45キロ。日本海の小さな島・見島。山口県内の国立大学で助教をしている久保歩美の専門は、火成岩岩石学。見島で、竹藪をかき分けて萩焼に使う見島土を探している変な男に会う。三浦光平というこの男は元カメラマンだが、萩焼の名品・紅萩手の陶芸家の末裔で、萩焼の絶妙な色味を出す伝説の土を探していた。「じいちゃんが、『土にはの、土のなりたい形があるんじゃ。その声をよう聞きながら、さぐりさぐりのばすことや』と言っていた」・・・・・・。共に土を探すなか、陶芸家はろくろ挽きをしながら粘土の声を聞く。地質学者もまたハンマーを振るい、ルーペを覗いて岩石の声を聞く。それを漏らさず記録することで、研究という器の形ができていくと思うのだ。

「狼犬ダイアリー」――。「わたし、負け犬やねん」。30歳という節目に、まひろは都会から逃れ奈良の山奥に移住してきた。ある日、「ウォーン、ウォールルルン」という遠吠えを聞く。オオカミではないか。集落で騒動が起きる。絶滅したはずのニホンオオカミ。そこに現れたのは狼混だった。

「祈りの破片」――。長崎県の長与町役場に勤める小寺の元に、「放置された空き家の中で青白い光が見えた」「えすか(怖い)家や」という声が寄せられる。中に入ると、木箱の山がぎっしり詰まり、全てが岩石だった。表面が溶けて鈍く光る岩石。細かな気泡で覆われた瓦。焦げて変色したレンガ。首が曲がった瓶。長崎の原爆にあった長崎師範学校で博物の教師をしていた加賀谷昭一の収集物だった。「彼がここにあるすべてのものに込めた祈りだ」・・・・・・

「星隕つ駅逓」――。北海道遠軽町。ドーンという轟音とともに、西の空に大きな火の玉が見えた。その正体は、大きな流星、火球で、隕石として落下した可能性が高い。隕石調査隊が乗り込んでくるが、駅逓の使命を受け継いでいる郵便局の夫婦が見つける。「隕石には発見地点の最寄りの郵便局の名前が付けられる」と聞きかじった妻がとった意外な行動・・・・・・。「星隕つ駅逓 野知内駅逓跡」の話。

「藍を継ぐ海」――。徳島県の南東部に位置する太平洋に面した阿須町。ウミガメの卵を孵化させ、自分で育てようとする中学生の沙月。アカウミガメの子ガメは、すぐに外洋に出て、遥か太平洋の向こう側、カリフォルニア沖の食べ物の豊富な海域まで行く。海流に乗り、流れ藻の中に隠れ、流木にしがみつきながら、34年もかけて渡る長い旅。10年余り過ごした後、若ガメに成長すると、また太平洋を渡り、「母浜回帰」する。地磁気を利用するようだ。「どの浜に帰るかはカメさんたちが決めること。気に入った浜には帰るし、気にいらん浜には帰らん。保護したいとか、増やしたいとか言うても、人間はまだそこまでウミガメのことを知らんと思うんよ。人間の考えるとおりにはなかなかならん」「人間も同じや思うんよ。好きなところで、気に入った場所で、生きたらええの。生まれた土地に責任がある人なんて、どこにもおらんのよ」と、姫ケ裏海岸の「ウミガメ監視員」を任されている佐和は言う。


zaimei.jpg最後まで一気に持っていかれる軽妙な感涙・感動の傑作。謎の根源には戦争直後の親のない悲惨な"浮浪児"がある。私の子供時代、全国のどこにでもあったものだ。

横浜で探偵業を営む遠刈田蘭平の元に、九州各都市に展開する「梅田丸百貨店」の創業者梅田壮吾の孫・梅田豊大から変わった依頼が舞い込む。時価35億円ともいわれる25カラット以上のルビー「一万年愛す」という宝石を探してほしい。米寿を迎える壮吾が、夜な夜な宝石を探していると言うのだ。遠刈田は長崎の九十九島の一つで行われる壮吾の米寿の祝いに訪れることになる。そこには豊大の父・一雄、母・葉子、妹・乃々華の梅田一族、元警部の坂巻丈一郎がいた。坂巻は45年前に起きた「多摩ニュータウン主婦失踪事件」に梅田壮吾が関わっていると捜査してきており、それ以来のつながりがあった。その他、この絶海の孤島で、壮吾の身の回りを手伝う看護師・宗方遼、家政婦の清子、船などの管理をしている三上譲治がいた。

ところが和気あいあいと米寿の祝いをした翌朝、梅田壮吾はこの野良島から忽然と姿を消す。しかも台風が襲来し、とても外に出れるような状態ではなく、ましてや島を出るなどとは、とても思われない状況であった。

家を探すと、DVDがテーブルに置かれたままで、「人間の証明」「砂の器」「飢餓海峡」の60年代から70年代にかけて大ヒットした映画が残されていた。いずれも私も見た印象的な作品だ。何を暗示しているのか、皆は推理する。そして「私の遺言書は、昨晩の私が持っている」と書かれた便箋が発見され、さらに「一万年愛すは、私の過去に置いてある。」との謎の便箋も見つかる。

「梅田翁はどこに行ったのか」「自らの命を断ったのではないか」「遺言書の意味は何か」「45年前の事件との関連は」・・・・・・

そして、皆の考えは、壮吾が所有する野良島の隣のより小さな雪島にいるのではないかと結論。無謀にも台風のなか渡る。そこで驚くべき真相に出会うのだが・・・・・・

私自身、戦後そのものを生きてきただけに、原風景に出会い、心が揺さぶられる。3つの映画も、セリフも、俳優の演技も思い起こす。梅田翁のような人も確かにいた。この家族の心もまた皆んないい。


kinodokubataraki.jpg帯に「『白鳥とコウモリ』の世界再び」「まるで幽霊を追いかけているようだ」とある。身代わりというか、まさに「架空犯」。息もつかせず、次々と予想を覆す展開に、身体ごと持っていかれるような圧倒的な東野圭吾の世界の傑作だ。

燃え落ちた焼け跡から2つの遺体が見つかる。都議会議員・藤堂康幸と妻で元女優の江利子。火災による死ではなく絞殺だった。警視庁本部の巡査部長・五代努は所轄の山尾というベテラン警部補と組むことになり捜査に入る。殺害された藤堂夫妻には一人娘・香織がいて既に結婚しており、夫の榎並健人は医療法人を運営する榎並グループの御曹司。香織は妊娠中だった。捜査に入るが、藤堂夫妻には殺されるほどの恨みを買っていることも見当たらなかった。そんな時、藤堂康幸事務所に犯行声明の手紙が届き、「私は犯人である。動機は単純明快だ。世間を欺き、人として許されない行為を繰り返してきた二人に制裁を加えた。制裁は天誅といいかえてもいい。夫妻の非人道的行為を証明するものがある。3億円で買い取ってもらいたい」と。

捜査のなか、江利子は幼い時に航空機事故で両親を失い叔父夫妻に育てられたこと、高校は都立昭島高校で、その時の教師が藤堂だったこと、同級生で最優秀の学生・永間和彦が東大受験に失敗し、自殺していたことなどがわかっていく。さらに捜査が進むなか、コンビを組む山尾の行動や言動に違和感を感じていくのだった。

そして、山尾が逮捕されるという驚愕の事態に至るのだが・・・・・・

誰が悪いのでもない。複雑な家族、愛の渇望、秘めた本心、その中で生まれる嫉妬心、親が子に注ぐ無限の愛、そして保身・・・・・・。その軋みのなかで起きる悲しい事件。思いもよらぬ事件の真相へ・・・・・・ 


kinodokubataraki.jpg富勘長屋に住む北一、相棒の長命湯の釜焚き・喜多次のコンビが事件を解決するシリーズ第3弾。人情が通い、助け合う長屋や湯屋、文庫屋、文庫作業場、棒手振、そして岡っ引きの親分、おかみさん・・・・・・。江戸の町が浮かび出てくる宮部みゆきの世界が心地良い。

1話「気の毒ばたらき」――。年明け、おかっ引きの千吉親分が、河豚に中毒って頓死してしまう。岡っ引きの跡目はおらず、北一はその真似事をしている。そんな時、万作・おたまが継いだ千吉親分の文庫屋から火が出て焼失。下手人は、台所女中のお染だというが、北一は信じられない。疑いを晴らそうと北一は奔走する。

一方、火事で焼け出された人々が集まる仮住まいでも、"切り餅" 4(百両)がなくなるという事件が起きる。

目は見えないが、おかみさんはすごい。世の中、人の心の動きが見えている。「お染はどこにいるんだろうね。なぜ放火なんかしたんだろう。それ以前に、なぜお店の金に手をつけようとして、見咎められるような羽目になったんだろうか」「女が善悪を忘れて、何かをしでかすのは、自分のためじゃない。想う男か、子どもの命がかかっているときさ」・・・・・・

北一、喜多次は動く。「気の毒ばたらき。気の毒だねえ、大変だったねぇと同情しながら、火事で焼け出された人たちの間に立ち交じり、その人たちが命からがら持ち出してきた家財道具のなかの金品を漁って盗み出す。卑怯な手口だ」・・・・・・

第二話「化け物屋敷」――。前の話の続き。江戸の正月の風景や日常が浮かんでくる。深川佐賀町の村田屋という貸本屋。28年前、その店主・治兵衛さんのおかみさん(おとよ)が、行方知れずになり、半月も経ってから、千駄ヶ谷の森の薮の中で亡き骸になって見つかる事件があった。下手人が捕まるどころか、なぜそうなったかの事情もわからないままになっていた。北一は、町奉行所の文書係・おでこ(三太郎)の力を借り、同じような事件があったのではないかと調べ始める。そして「化け物屋敷」の<大旦那様>の存在とお社、後始末に働く八助の気狂いに行き着いていく。

江戸の街の人情、生活、風習、災害と恐怖が、キャラが立つ人物を通じて、生き生きと立体的に情緒深く描かれる。 


hyougaki.jpg「データで読み解く所得・家族形成・格差」が副題。1990年代半ばから2000年代初頭にかけ、バブル崩壊後の不況の中で未曾有の就職難にぶつかった世代。この19932004年に高校や大学などを卒業した世代が就職氷河期世代。1970(昭和45)生まれから1986年生まれ(2005年に高校卒業)が該当する。約2000万人。現在30代の終わりから50代前半となる。著者は93~98年卒を「氷河期前期世代」、99~0 4年卒を「氷河期後期世代」とする。団塊ジュニア世代は1970年代前半生まれを指し、氷河期前期世代と重なる。人口のボリュームの多いこの世代の人生のスタートが、バブル崩壊後の不況に直面したことは、日本にとって極めて痛いことだ。本書は、この世代を数々の統計から精緻に分析し、今後の動向と行うべきセーフティーネットの拡充などを提言する。しっかりした学術論文。

この世代は「上の世代に比べて給与の低さと不安定就業の多さ」が目立つ。長期にわたる無業者が多く、求職活動をしないニートも多い。低い収入・不安定就業が続くと、年金も低く、老後不安、生活保護の高齢者が大量に出てくることが懸念される。すぐ上の「バブル世代」とは年収など大きく異なる。

しかし、極めて大事なことだが、その後の「ポスト氷河期世代も、年収などを見ると、氷河期後期世代とあまり変わらず、氷河期前期世代よりも低い水準にとどまっている」とデータ分析する。続く世代も雇用が不安定で、年収が低く、格差が解消しないというわけだ。そして、「就職氷河期世代を境に、就職した年の景気の長期的な影響(瑕疵効果)が弱まった」とデータ分析している。労働市場の流動性が高まったからなのか、デフレの長期化なのか、注目すべき分析だ。

「氷河期世代の家族形成」――。「就職氷河期世代は、家族形成期に入っても経済的に安定せず子供を持てない」と見られがちだが、違うと言う。「氷河期後期世代は実は団塊ジュニアの世代よりも、40歳までに産む子供の数は多かった」と指摘している。出生率はより幅広い要因によるようだ。

「新卒時点では、女性の方が、男性よりも就職氷河期の影響が強かったが、就業率や正規雇用率の世代差は数年で解消した」「晩婚化や既婚女性の就業継続率上昇が就職氷河期の影響を打ち消していた面が大きい」と言う。

また「就職氷河期世代以降、所得分布の下位層の所得がさらに下がることによって、世代内の所得格差が拡大する傾向にある」「ニートや、親と同居する無業者・非正規雇用者、孤立無業者など、特に厳しい状況に置かれている人の割合は、若い世代ほど増えており、年齢が上がっても減っていない」と言う。

「セーフティネット拡充と雇用政策の必要性」――。将来、雇用が不安定で、年収が低いままの就職氷河期世代、それと同様のその後の若い世代も、「親世代の高齢化による生活の困窮」「低年金・低貯蓄からくる老後の困窮」は重大問題であり、雇用政策・就労支援で若年のうちに挽回をするべく、様々な取り組みがさら必要であることを提唱する。手をこまねいていると大変な時代が迫って来ている。 

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プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

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