それまでの明日.jpg運命、縁、親子、善き人々・・・・・・。静かに丁寧に、そして正確に心の襞に入り込んでくる情感。そんな心持よい感慨が読後の味だ。

14年ぶりの私立探偵・沢崎シリーズ。沢崎の下に、金融会社の支店長・望月と名乗る男が訪れ、融資が内定している料亭「業平」の女将の身辺調査を依頼される。ところが女将はすでに死亡していた。沢崎が勤務先の金融会社を訪れると、突然の強盗事件が発生。しかも支店長は行方不明となる。巻き込まれた若者ともども、事件の深みに引きずり込まれていく。

情感がじわじわと迫ってくるが、沢崎と新宿署の警部、清和会のヤクザ等とのひねくれた会話のやりとりもアクセントを与える。事件というより、テーマは各々の人が宿命にさらされながらも「生きていく」ということか。「それまでの明日」とは、そういう時間軸。


日の出.jpg昇りゆく「日の出」は、希望であり、生きる力だ。国木田独歩の短篇「日の出」も名作だが、この長編は苦難を背負い続けて坂道を一歩一歩登りゆく人のにじみ出る輝きがある。

「浅間くんと馬橋くんの人生は、まさに波瀾万丈だね。事実は小説より奇なりだ」――。日清戦争が終わり、日露戦争へと突入せんとする時、13歳の馬橋清作は「徴兵逃れ」をして小松を飛び出し、美作、小倉、そして川崎、筑波へと名を隠しつつ鍛冶職人として生きる。襲いかかる苦難の連続。徴兵逃れの重罪、厳しいヤマの鍛冶屋の労働、うち続く炭鉱のガス爆発、朝鮮人の「地獄の採炭」、川崎・横浜の朝鮮人町、大正12年(1923年)の関東大震災における首都壊滅と朝鮮人暴動の流言・・・・・・。試練というにはあまりにも巨大で重苦しい。とくに朝鮮の人々には試練ではなく理不尽きわまりない苛酷さだ。生きることの辛さ、悲しさ、そのなかで懸命に生きることによって光を見出す。鍛冶職人は地味はもとよりのこと、たたいてたたいて鍛え抜く象徴といえよう。その人生の岐路にはいつも小松の先輩・浅田幸三郎が姿を現わした。

一方、時をへだてて清作を曽祖父とする平成の若い教師・あさひが描かれる。いずれの時代でも生きる者に平坦な道はない。「鍛冶は、1日に何万回も金鎚を打つ。しかし、二度続けて同じ鎚音が鳴ることはない。ひと打ちごとに鉄は鍛えられていき、鎚音がわずかに変わっていく」・・・・・。


歴史と戦争  半藤一利著.jpg半藤さんの厖大な著書のなかから、重要な言葉・発言・対談・箴言を選び出してまとめた幕末以降の日本の著作集。半藤さんの著書をかなり読んできた私にとっても、改めてその深さと切れ味に感動した。ビシバシと短い発言が項目別に続くから、よりいっそう鋭角的に心に染み入る。

「幕末・維新・明治をながめて(勝海舟の幕末、海陸軍はかくて陸海軍になった・・・)」、「大正・昭和前期を見つめて("生命線"というスローガン、昭和3年荷風さんはすでに乱世と観た、新聞は"沈黙を余儀なくされた"わけでなく、2・26事件後の出版弾圧、陸軍が豪語する"中国一撃論"、"大政翼賛会""ぜいたくは敵だ"に荷風がいわく、16年1月の示達"戦陣訓"、16年春の石原莞爾の予言、山本五十六の無念)」、「戦争の時代を生きて(ガ島で日本兵は何を見たか、学徒出陣、インパール作戦とは、神風特攻隊について天皇は、東京大空襲の夜は北風が強かった、大田実少将と沖縄、"最後の一兵まで"は本気だった、シベリア抑留のはじまりは、なぜ日本人は"終戦"と呼んだのか、"一億総懺悔"は"一億一心"の裏返し、クラウゼヴィッツ「戦争論」の誤読、20年8月の石原莞爾、昭和天皇とマッカーサー)」、「戦後を歩んで("引き揚げ"の名のもとに、ルメイへの勲章、A級戦犯合祀問題、戦後日本の国家機軸は平和憲法だった、漱石と"あきらめ"が戦争を招く)」、「じっさい見たこと、聞いたこと」・・・・・・。

エリートの「無責任」など、考えることは多い。


教養としてのテクノロジー.jpg副題はAI、仮想通貨、ブロックチェーン。AI・IoT・BT(バイオテクノロジー)、ロボット等、テクノロジーの急速度の進展は、社会のあらゆる構造を激変させている。

伊藤穰一さんはMITメディアラボ所長。「AI等で社会がこうなる」などといっているのではない。変化の波をつなげ、新しいムーブメントを起こせるのではないかと動いている。しかも、AI等テクノロジーの進展が何を巻き起こしていくのか、提起される問題を「人間」「生命」「倫理」の次元から問いかけている。実践家の指摘はきわめて深い説得力をもつ。

「AIは労働をどう変えるのか」「アルゴリズムが社会を良くするわけではない」「『働く』とは何か」「あなたの労働に"人生の意味"はあるか」「新しいセンシビリティが必要だ」「仮想通貨は国家をどう変えるのか」「仮想通貨で国家から独立する」「投資家が資金調達手法ICOに熱を上げる理由」「仮想通貨をガバナンスするのは誰か」「ブロックチェーンは資本主義をどう変えるのか」「仮想通貨と自然通貨」「人間はどう変わるか」「人間の拡張と新しい倫理や美学の探究」「自動運転と倫理・責任の問題」「教育はどう変わるか」「ロボットを育てても意味がない」「アンスクーリングのムーブメント」「日本人はどう変わるべきか」「日本の"意思決定の遅さ""空気に支配される""ダブルスタンダード"の問題」「日本はムーブメントを起こせるのか」「パラダイムシフトは文化から生まれる」・・・・・・。

動体視力の確かさが、ストレートに伝わってくる。


宇喜多の楽土  木下昌輝著.jpg宇喜多直家の嫡子・宇喜多八郎秀家。仕物(暗殺)で名をはせ謀略の限りを尽くした梟雄・直家に比べ、育ちも良いが、凡庸ではない。時は戦国、西には毛利、東には秀吉・家康等に挟まれて苦難の連続。幼くして天正9年(1581年)に父・直家が病死、翌年には本能寺の変、紀州討伐、小田原征伐、朝鮮遠征、伏見城や杭瀬川の戦い、そして関ケ原、逃亡して薩摩、50年にもわたった八丈島。秀吉から寵愛を受けるが、晩年の秀吉は常軌を逸していたし、その後の家康の知謀・圧力はすさまじい。しかも「宛行」をめぐっての家中の騒動も激しい。

「強き者、弱き者にかかわらず、健やかに過ごせる。そんな楽土をつくる。民のために干拓する」――。父・直家の心を真っすぐに受け、秀家は濁流のなか懸命に走る。家康はいう。「わしは流されただけにすぎませぬ。流れに逆らった者はことごとく滅びます」「才覚ゆえではない。流れにだれよりも従順だった」――。秀家は「私は内府殿とはちがいます。この生き方は変えられませぬ」「父の直家もまた、流れに抗いつづけた人生だったではないか。その最たるものが、この干拓地だ」「宇喜多の領国のために戦う。豊臣家や秀頼を滅ぼさんとする流れに、全力で抗う」と誓う。

激流のなかで秀家は敗北の将でもあり、時流に抗い続けた人生に見える。しかし、策に溺れず情をもつ丈夫の生き方からか、いざ逆流の極みとなった時に、必ず守る人が現われるのだ。とくに正室となった前田利家の娘・豪姫の存在はゆるぎない。心の柱だ。

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プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任、公明党前代表。前国土交通大臣、前水循環担当大臣。

現在、衆議院議員、党全国議員団会議議長、東京第12総支部長、首都直下地震対策本部総合本部長、現代中国研究会顧問など。

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