1999年の王.jpg東京で保険金連続殺人事件が発生、内縁の男女が共犯で逮捕される。主犯は内縁の夫・安西俊貴、共犯は飲食店経営の若い女・北條和美で、被害者はいずれも高齢者で、北條と夫婦となって事故を装い殺されていた。

稀代の犯罪者、詐欺師「安西」は何故にこうなったか。共犯者・被害者は何故に巻き込まれ、逃げられなかったか。勝利者と思われる者(安西の兄)は何故に人生を失う破目になったのか。その過程を丁寧に語りつつ、緊迫した最終章に至る。

「何で生きてるの?」の問いが繰り返され、しだいに人生哲学の次元へと引き込まれる。「生きる意味」「生きる価値」「人生の勝者、敗者とは?」「強者と弱者」「支配と被支配の連鎖」・・・・・・。1999年とは「ノストラダムスの大予言」の年。


わたしの本棚  中江有里著  PHP研究所.jpg「どれもこれもわたしのこれまでを伴走してくれた本たちだ。中でも大切な転機を、あるいは危機を救ってくれた24冊。この24冊は、自分の成長の瞬間が収められた写真アルバムと同様だ」と中江さんはいう。

感じるのは、人生を丁寧に生き抜いている真摯な姿勢、柔らかな感性と感受性の豊かさだ。人一倍、悩み・痛み・不安に遭遇しても、一歩引くかのように受け止めて「裂け目を越える」決断をする。そして勇気をもって次の世界に踏み出す――そこに書物との出会いがある。一条の希望の光であり、心の中に太陽を昇らせゆく熱として本を浮き出させている。

人との出会いや本との出会いの不思議さ、有難さを、じわっと感じさせる本書だ。いい。


わたしを離さないで.jpgノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロの名作(2006年刊行)。主人公はキャシー・H、そして生まれ育ったヘールシャムの施設で共に暮らした親友のルースやトミー。キャシーの回想で語られるが、静かに冷静に、自分と回りの人々の心の動き、感情と抑制が丁寧にキメ細かに描かれる。そこから伝わってくる切実さや切迫感は、外部の社会と遮断されたヘールシャムの特殊性を背景にしているからこそだ。

「ヘールシャムとは何か」「わたしを離さないで、とは何か」が常に基調音としてある。クローン人間、遺伝子工学のとめどもない進展、臓器提供・・・・・・。それをクローン人間の側から苦しみ、アイデンティティー欠如の底深い不安、人間に使われるというひどい"使命"、生命倫理。それらに現実の残酷さから迫るがゆえに、思考回路はどんどん「科学と宗教と哲学」に突き進み、運命のやりきれなさへと誘う。

キャシーらは、過剰なほど相手を思いやるがゆえに、提起される問題は、深く、悲しい。


ピアニストだって冒険する  中村紘子著.jpg昨年亡くなった世界的なピアニスト・中村紘子さんの直前まで書かれたエッセイ。まさに世界を舞台にした交遊の広さ、文化芸術の深さ、文明や社会への確かな視座、鋭いうえにナチュラルな人間洞察・・・・・・。同世代だが、きわめてドメスティックな自分には異次元の世界に感嘆する。

「音楽の演奏にとって大切なことは、ブレスをとることです。声楽家は肺でとるけれど、ピアニストは手首で呼吸しなければなりません」「時代も、知性と教養を重んじていた世代から、経済優先の価値観に変わりつつあるようにも思えるが、クラシック音楽の世界ではどうだろうか」「名演に飽きた時代への嘆き(ラン・ランの演奏にはそもそも様式や伝統というものを越えた個性と超絶技巧があり・・・・・・音楽のかたちをゆがめてしかもそれが大衆に受けているのを見ると、なんだかピアノを弾くのが虚しくなってくる)」「音楽のちから」「どうも近年、クラシック音楽をはじめとする、いわゆる人間の『成熟度』を必要とする分野に携わる人々の存在感が希薄になってきたように思う。世の中は、政治・経済、そしてスポーツが中心に廻り、芸術文化、特にクラシックはほんのお義理にお飾りのように隅っこの方に参加させて頂いているといった印象だ・・・・・・もてはやされているのは軽チャーであり、未成熟な子供っぽい思考である」「願わくば、文化芸術の偉大さを知り、尊敬に価する優れた知性と豊かな心をもつ政治家こそが、日本の未来を作り上げる中心となって欲しい」「プライドと国家の品格」「大人になりたくない(未成熟を売物とする日本)」・・・・・・。

「ピアニストの冒険は手で始まる」――ピアノ以外で手を使うことのすべては危険な冒険につながり、小中学校で「体育の授業はほとんど見学だった」という中村紘子さん。世界を舞台に真っすぐに走り抜いた人生の境地が率直に語られる。


AX アックス.jpg「兜」は最強の殺し屋だが、普段は文房具メーカーに勤める「三宅」と名乗る会社員。おまけに家では妻に全く頭が上がらない恐妻家だ。業界から抜け出したいと思う兜だが、そのつど持ち込まれる仕事につい手を出すハメになる。妻の尻に敷かれ、びくびくと尋常ではなく気をつかう男が、超一流の殺し屋であったというギャップは笑えるほどだ。

その兜が突然、8階建てのオフィスビルの屋上から落下し、死亡する。「父は自殺ではなかったのでは?」――。息子の克巳の中で父の死に対する疑念がしだいに大きくなっていく。終章末尾に向かってぐいぐいと引きつけていく伊坂幸太郎「殺し屋シリーズ」の最新作。面白い。

プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

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