ノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロの名作(2006年刊行)。主人公はキャシー・H、そして生まれ育ったヘールシャムの施設で共に暮らした親友のルースやトミー。キャシーの回想で語られるが、静かに冷静に、自分と回りの人々の心の動き、感情と抑制が丁寧にキメ細かに描かれる。そこから伝わってくる切実さや切迫感は、外部の社会と遮断されたヘールシャムの特殊性を背景にしているからこそだ。
「ヘールシャムとは何か」「わたしを離さないで、とは何か」が常に基調音としてある。クローン人間、遺伝子工学のとめどもない進展、臓器提供・・・・・・。それをクローン人間の側から苦しみ、アイデンティティー欠如の底深い不安、人間に使われるというひどい"使命"、生命倫理。それらに現実の残酷さから迫るがゆえに、思考回路はどんどん「科学と宗教と哲学」に突き進み、運命のやりきれなさへと誘う。
キャシーらは、過剰なほど相手を思いやるがゆえに、提起される問題は、深く、悲しい。