「敬愛する池波正太郎さんのことを話すことは・・・・・・私にとって生涯の誉れ」という山本一力さんが、愛する「鬼平犯科帳」の中から選んだ傑作六篇。
「盗法秘伝」――秘伝を伝授しようとする老盗賊、そして鬼平の自由の満喫と粋。「狐火」――二代目・狐火の勇五郎とおまさ。勇五郎もおまさもいいし、平蔵の度量は大きい。「白い粉」――毒を盛られる鬼平。平蔵のとぎすまされた勘。「土蜘蛛の金五郎」――土蜘蛛の金五郎に、長谷川平蔵になりすました岸井左馬之助と本物の平蔵の戦いを見せるが、悪党の虚栄の裏にあるもの。「穴」――欲得の盗みではなく、身体にうずく盗め(おつとめ)の血。「瓶割り小僧」――20年ほど前、脳裡に刻まれた光景を思い出す平蔵。人はだれしも弱みがある。
没後20年、2010年に山本一力さんが、思いをこめて語ってくれている。
予測がつかないほどの大変化の時代。会社も安定して続くかどうかもわからない。「コンピュータの発達」と「新興国の能力の成長」は加速化する。直線型のレールに乗っていても安心ではない。だからこそ不安感に覆われる。しかし閉塞感や挫折感に打ちひしがれているのではなく、新しいチャンスが広がったとして、複線型の働き方を考えよ、準備を始めよ、という。
「コンティンジェンシープランを考えよ」「予測は決めつけず、目標は2つもて」「ライフプランは一直線ではない」「スキルを磨こう。ジェネラルスキルを身につけよう」「バーチャルカンパニーを作ろう」・・・・・・。
未来は明るい。人生、二度三度と様々なことができる時代になってきている。50年前の昭和39年、東京オリンピックの時の日本は、国家予算3兆円、経済成長率13.1%、男性の平均寿命は67歳。全ての世代に今、未来に向けて一歩踏み出そうと呼びかけている。
「難民政策と欧州の未来」と副題にある。2015年11月13日夜(現地時間)、130人もの犠牲者を出したパリの同時多発テロ事件。翌週にはテロ首謀者が潜伏していたサンドニ地区で、フランス警官隊が銃撃して首謀者を含む2人を射殺、関与されたとされる7人の身柄拘束。「ドイツに到着した難民は年間100万人を突破する勢い」「非人道的だと非難されるハンガリーとその言い分」など、ヨーロッパは今、押し寄せる難民に揺れている。「フランス人、三代前はみな移民」「世界の隠れ家フランス」といわれる移民がいるのが当たり前で、手を差し伸べ続けるフランスの対応・・・・・・。
増田さんは自ら難民と会い、サンドニ地区へも入って直接話を聞き続けた。とくに、命からがら母国を捨てて、安住の地を求めてヨーロッパに逃げてくる子ども、親。そして陸路で、徒歩とバスで、そして海をボートで。移動中に、射殺されたり、空腹と過労で倒れたり、エーゲ海で沈没したりするなかでの命からがらの逃避行――それが今あふれる難民の実像だ。そしてその後も文化・宗教の違い、難民・移民排斥の動き、貧困のなかでの苦難。一方で、それを迎えようと動いているヨーロッパの国々や諸団体がいる。生々しいレポートだ。
このたびの第154回直木賞受賞作。一年前、青山文平さんの「鬼はもとより」が、直木賞をとると思っていた。今回の「つまをめとらば」が受章して本当によかった。絶妙の筆致、奥行きといい、人心の機微、日常における人生の信念と芯、そしてゆったり流れる時間とテンポの心地良さ・・・・・・。
「つまをめとらば」は、幼なじみの五十過ぎた爺二人が再会し、貞次郎が「この齢になってなんだがな、世帯を持とうと思っておるのだ」ということから話が始まる。互いの人生経験、男と女、他人がいっしょになる夫婦というもの、結婚と離縁・・・・・・。「貞次郎との二人暮らしの日が重なるにつれて、省吾も、自分がなにをいちばん欲していたかに気づいていった。それは、つまり、貞次郎が言った平穏だった。平らかであり、穏やかである、ということだった」「三人の妻といるときは平穏とは無縁だった。常に、彼女たちなりの正しさに、付き合わなければならなかった。・・・・・・なにしろ、彼女たちは、まちがっていないのである」「1人暮らしになったときは、・・・・・・諸々の煩わしさから解き放たれたことを喜んだが、これは束の間で、すぐに孤独が目の前に居座った。静謐ではあったが、平穏ではなかった」「貞次郎にとって最も大事なのは、素晴らしい算学の問題をつくって、空と己が一つになることなのだろう」――。男の強さと女の靭さ。男の煩悩と女の生死。男の野望と女の現実。その他人が結ばれる夫婦というもの。本書はこのほか「つゆかせぎ」「乳付」など五篇が加わっている。いずれもいい。