このたびの第154回直木賞受賞作。一年前、青山文平さんの「鬼はもとより」が、直木賞をとると思っていた。今回の「つまをめとらば」が受章して本当によかった。絶妙の筆致、奥行きといい、人心の機微、日常における人生の信念と芯、そしてゆったり流れる時間とテンポの心地良さ・・・・・・。
「つまをめとらば」は、幼なじみの五十過ぎた爺二人が再会し、貞次郎が「この齢になってなんだがな、世帯を持とうと思っておるのだ」ということから話が始まる。互いの人生経験、男と女、他人がいっしょになる夫婦というもの、結婚と離縁・・・・・・。「貞次郎との二人暮らしの日が重なるにつれて、省吾も、自分がなにをいちばん欲していたかに気づいていった。それは、つまり、貞次郎が言った平穏だった。平らかであり、穏やかである、ということだった」「三人の妻といるときは平穏とは無縁だった。常に、彼女たちなりの正しさに、付き合わなければならなかった。・・・・・・なにしろ、彼女たちは、まちがっていないのである」「1人暮らしになったときは、・・・・・・諸々の煩わしさから解き放たれたことを喜んだが、これは束の間で、すぐに孤独が目の前に居座った。静謐ではあったが、平穏ではなかった」「貞次郎にとって最も大事なのは、素晴らしい算学の問題をつくって、空と己が一つになることなのだろう」――。男の強さと女の靭さ。男の煩悩と女の生死。男の野望と女の現実。その他人が結ばれる夫婦というもの。本書はこのほか「つゆかせぎ」「乳付」など五篇が加わっている。いずれもいい。