遺言.jpg「感覚所与と意識の対立」「意識と感覚の衝突」「感覚所与を意味のあるものに限定し、いわば最小限にして、世界を意味で満たす。それがヒトの世界、文明世界、都市社会である。・・・・・・意味は与えられた感覚所与から、あらためて脳の中で作られる」「科学とは、我々の内部での感覚所与と意識との乖離を調整する行為である」「動物の意識には『同じ』というはたらきがほとんどない」「ヒトの意識の特徴が『同じだとするはたらき』であり、それで言葉が説明でき、お金が説明でき、民主主義社会の平等が説明できる」・・・・・・。社会と人間存在そのものを「意識(同じにする)と感覚(違う)」から、"意識"して問いかけたらどうか、と語る。「ここまで都市化、つまり意識化が進んできた社会では、もはや意識をタブーにしておくわけにはいかない。そのタブーを解放しよう」という。きわめて根源的で本質的な"遺言"で、随所に立ち止まって考えさせられた。

これからIoT、AIの急進展がある。「生命倫理」「遺伝子操作、ヒトの改造とシンギュラリティー」「人間とは何か」が問われる時代が来る。コンピュータにできるようなことしか人間がやらなければ、人間の社会ではなくなる。

「ヒトは、意識に『同じにする』という機能が生じたことで、感覚優位の動物の世界から離陸をした」が、意識と感覚の対立は、ともすると「意識が感覚より上位」だという近代化と呼ぶ社会的システムに傾斜する危険性をもつ。「都市は意識の世界」であり、「意識は自然を排除」する。

そして「実生活の中で感覚を復元する。これもむずかしい世の中になった。効率や経済、つまり便宜やお金で計れば、感覚は下位に置かれる」という。デジタル、ロボットには生老病死はない。人間と社会のその根源的仕組みを問いかける叡智の"遺言"。


日本史のツボ  本郷和人著.jpg日本の歴史を、時代ごとに切って分析したり、人物や事件を中心に考えることは多い。本書は古代から近世・近代までを7つのテーマを選んで歴史の大きな流れをつかもうとする。天皇、宗教、土地、軍事、地域、女性、経済の7テーマだ。実に興味深い。

「ヤマト王権の日本ブランドの創生と白村江ショック」「天皇家が経済力を保つ"職の体系"」「日本の危機と天皇」「神道と仏教の併存と明治の廃仏毀釈」「土地システムが武士を生んだ」「富士川の合戦"27万人"は多過ぎる」「川中島、応仁の乱の勝者」「鎌倉っ子・尊氏」「京都人・頼朝が関東武士に支援された訳」「"日本は昔から女性の地位が低かった"は本当か」「家督争いの決め手は母親の実家」「正室と生みの母の地位」「遣唐使廃止の意味」「中国からやってきた銅銭(清盛が輸入した宋の銅銭)」「銭本位制からコメ本位制に後退した徳川体制」・・・・・・。

それぞれが影響し合いながら時代が築かれていく、その底流が浮き彫りにされる。


保守の遺言  西部邁著  平凡社.jpgオルテガやホイジンガに触れ、西部さんの「大衆への反逆」を読んだのが30年以上も前、「死生論」からも20年。今年1月に自裁した西部さんの絶筆の書だけに、言葉は精緻に選び抜かれ、諦観のなかにも激しく、率直に語り、静かに吐く。副題は「JAP.COM 衰滅の状況」――。「今さら歎いても詮無いが、僕が残念至極なのは大東亜戦争の敗北まではかろうじて残っていた日本民族の羞恥心・公平心・正中(的を射ていること)・勇強心がほとんど消滅してしまっている現状を、僕はJAP.COMの『衰滅』と形容したいのである」という。

「自尊・自立――他者や他国に従属することによって安全に生存したとしても、そんな人生や時代の生は、精神的動物としての人間にとって自尊と自立を喪失した果てで空無感や屈辱感をもたらして御仕舞となる」「安全と生存を最高の価値としてきたために戦後日本は(独立と自尊を枯死させ)哀れな民人となってしまった」「瀕死の世相における人間群像――スマホ人・選挙人(朽ちんばかりの病葉の群れ)、いのちの無条件礼賛の『いのち人』、虚言人(言論、世論、ライターのリアリティからの逃走)、法匪人、大量人と模流社会、タダ人、心を亡くす多忙人、エチケット知らずの無礼人、立憲人、根拠なき臆説のメディア人」「社会を衰滅に向かわせるマスの妄動」「近代の宿痾の自由・民主・進歩」「"平和日本とはパワーレス国家"とするのは、児戯にすら及ばない錯乱の国家論だ」「ピープル(一般庶民)の利益を守らんとするポピュリズム(人民主義)とメディアのムードに乗るポピュラリズム(人気主義)の区別すらできていないのが今の民主主義者どものオピニオン」「近代化と大衆化が列島人を劣等にした」「重要なのは国民社会を『公共性の規範』へと繋ぎ止めることであり、自由と秩序の間の平衡としての『活力』、平等と格差の間の平衡としての『公正』、博愛と競合の間の『節度』、合理と感情の間の『良識』だ」・・・・・・。貧しい憲法論議、民主主義の辿り着く先の衆愚、戦後の虚構を、前提から露わにする。


海馬の尻尾.jpg度外れた狂暴、制御のきかない狂気のヤクザ及川頼也。組自体が手を焼いて病院行きを命ぜられると、アルコール依存症どころか、「恐怖心の欠如、他者に対する共感力の欠如、良心がない」という「反社会性パーソナリティ障害」の診断が下る。脳の欠陥だ。大脳辺縁系の海馬とその尻尾のところにある扁桃体(視覚、聴覚、嗅覚その他の外的な刺激に反応して、快、不快、恐怖、緊張、不安、痛みなどの情動を生み出す場所)の異常、「感じる脳」の欠陥というわけだ。ヤクザの暴力抗争がテンポよく展開されると思いきや、話は一転して脳、染色体、遺伝子の世界へと急深化する。

抗争のなか身を隠すことを余儀なくされた及川は、8週間の長期入院治療を受けるが、そこには、反社会性パーソナリティ障害の者だけでなく、その逆の意味で他者への共感力が高いために恐怖の概念が薄くなるウィリアムズ症候群の子どもや、他の感情はコントロールできても恐怖という感情のみ抜け落ちているウルバッハ・ビーチ病の者、PTSDに苦しむ青年たちがいた。

そこで及川たちは、気づくのだ。自分たちは邪魔者扱いされ、異常者として社会から抹殺されようとしている。弱者を切り捨て、多様な生き方を認めない社会になっている。科学の進歩史観の安易さのなかで、実験材料としてモノとして使い捨てられようとしている。ヤクザのバイオレンスから人間生命と医療・科学・文明を考えさせる奥深い世界に一気に引き込まれる異色の力作。

「ふざけるな。俺たちはモルモットじゃねえんだぞ」・・・・・・。


欲望の民主主義  丸山俊一著+NHK「欲望の民主主義」制作班.jpgNHK、BS1スペシャル「欲望の民主主義~世界の景色が変わる時~」で、「世界の知性」たちへのインタビューを行った記録。副題は「分断を越える哲学」。問題意識は、英のEU離脱や米のトランプ大統領誕生、そして仏の急進的な右翼の台頭、世界で頻発するテロ・・・・・・。このなかから世界の民主主義に何が起きているかの問いかけだ。民主主義の劣化、熱意の希薄化、破壊衝動、ネット社会の影響、グローバル化、分断の構図、人間の欲望と集合体の社会などを考察する。

いずれの「知性」からもホッブス、ルソー、トクヴィル、そして現在が語られる。「万人の万人に対する闘争」を回避するには、自らの欲望を制御し、畏怖する「リヴァイアサン」を打ち立て、国家と契約を結ぶことによって秩序を回復する。ホッブス、ルソーの国家・主権・自由の原始的概念だ。トクヴィルが発見した米の民主主義の良質の部分、中間共同体・市民団体等の活動が、ツイート・ITで崩される現実も語られる。民主主義が衆愚政治や多数者の専制(少数派の抑圧)に陥ることを警戒したベンサムやミルも今、蘇る。

「世界は存在しない。一角獣は存在する」といったマルクス・ガブリエル。「超越した世界」という存在こそが対立を生む。世界を実体化する危険性は、対話のない無数の"正義"の主張の氾濫を生む。ガブリエルは「民主主義とは悪を認識して正す手続き」「倫理観の進歩に照らし合わせて、法律自体を改正すべきです」「民主主義は社会の倫理観の進歩を実践に照らしたもの」「民主主義は、手続きや制度の中で普遍的価値を実現しようとする試み」といい、「民主主義の世界的価値観が崩壊したら、見たこともない規模の戦争(暴力)の世界を目撃する。(民主主義は)今のところ人間がみんなで生き残るための唯一の選択肢」という。民主主義のポテンシャルを引き出せるかどうか、ということだろう。

グローバル化、共同体に参入してくる外国人・移民、格差の拡大、共同体からの孤立化になりかねないIT・AIの時代、代表制民主主義に内包される代表者と有権者のズレ(民主主義の隙間風)、民主主義の主人公でなく阻害されていると感じる者の増大と分極化・・・・・・。「自分たちのことは自分たちの手によって決める。政治参加で世を変える。弱肉強食の世界を避ける」――「自分とは異なる存在を欲望することで自らの欲望を実現する」「民主主義とは自らを問うものだ」との識者の発言は重い。

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プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

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