度外れた狂暴、制御のきかない狂気のヤクザ及川頼也。組自体が手を焼いて病院行きを命ぜられると、アルコール依存症どころか、「恐怖心の欠如、他者に対する共感力の欠如、良心がない」という「反社会性パーソナリティ障害」の診断が下る。脳の欠陥だ。大脳辺縁系の海馬とその尻尾のところにある扁桃体(視覚、聴覚、嗅覚その他の外的な刺激に反応して、快、不快、恐怖、緊張、不安、痛みなどの情動を生み出す場所)の異常、「感じる脳」の欠陥というわけだ。ヤクザの暴力抗争がテンポよく展開されると思いきや、話は一転して脳、染色体、遺伝子の世界へと急深化する。
抗争のなか身を隠すことを余儀なくされた及川は、8週間の長期入院治療を受けるが、そこには、反社会性パーソナリティ障害の者だけでなく、その逆の意味で他者への共感力が高いために恐怖の概念が薄くなるウィリアムズ症候群の子どもや、他の感情はコントロールできても恐怖という感情のみ抜け落ちているウルバッハ・ビーチ病の者、PTSDに苦しむ青年たちがいた。
そこで及川たちは、気づくのだ。自分たちは邪魔者扱いされ、異常者として社会から抹殺されようとしている。弱者を切り捨て、多様な生き方を認めない社会になっている。科学の進歩史観の安易さのなかで、実験材料としてモノとして使い捨てられようとしている。ヤクザのバイオレンスから人間生命と医療・科学・文明を考えさせる奥深い世界に一気に引き込まれる異色の力作。
「ふざけるな。俺たちはモルモットじゃねえんだぞ」・・・・・・。