空気を読む脳  中野信子著.jpg「サイコパス」「脳内麻薬」「シャーデンフロイデ」など、中野信子さんの本を読んできた。「良心というブレーキがない脳」「倫理・道徳というルールを学習できない脳」というサイコパスの脳が「扁桃体と眼窩前頭皮質および内側前頭前皮質とのコネクティビティ」がカギとなっていることを「脳科学」で明らかにした。「快楽とは"頑張っている自分へのご褒美"」として「人間を支配する快楽物質ドーパミンの正体」を「脳内麻薬」として紹介した。依存と社会的報酬の関わりだ。「シャーデンフロイデ――誰かが失敗した時に、思わず湧き起こってしまう喜びの感情」が、"愛情ホルモン""幸せホルモン"などと呼ばれる「オキシトシン(安らぎと癒し、愛と絆の働き)」と深い関わりのあることを示した。「私から離れないで」「私たちの共同体を壊さないで」「絆を断ち切ろうとすることは許さない」「集団を支配する倫理、正義バブルの正体」を詳述した。本書は日本の心性、日本人の脳の特性について、脳科学を中心にした科学的エビデンスをもとに論じ、その特性を知れば現代社会の息苦しさを突き破れるという。

まず、「不安が高く、社会的排除を起こしやすく、同調圧力を感じやすいと思われる日本人の脳」だ。神経伝達物質セロトニンは、「精神の安定や安心感の源」「適切に分泌されるとストレスに対する抵抗力が増す(精神安定剤のよう)」「個人より集団をつくろうとする本能に関係する」で、その量の調節を再取り込みという形で担うたんぱく質がセロトニントランスポーターだ。その量が日本人の脳は世界でも最も少ない部類に入るという。それは、「利他的に振る舞おう」「ルールを逸脱した人はバッシングを受ける」「不正をした相手に制裁を加える(不倫も)」「義経、孔明のように悲劇性を持った人物が人気を集める」「醜く勝つより美しく負ける」「賭けでも堅実で慎重な日本人」「新奇探索性が低い日本人」「集団の結束が優先の日本(オキシトシン)」に関係する。

「容姿や性へのペナルティ」「女という『呪われた』性で『婚活』に苦しむ日本人女性」「レールを敷く親――子どもを蝕む『毒親』とは」「愛と憎しみのホルモン・オキシトシン」「同性愛の科学と"生産性"」――。じつは「種の保存のために自然に残した仕組みが同性愛の遺伝子」という驚くべき研究成果が示される。マイノリティを排除する特性のなかで、こうした同性愛の遺伝子が組み込まれているのは興味深い。

「『褒める』は危険」「褒めて育てると"失敗を恐れる脳"が形成され、『挑戦』を避ける」という衝撃的事実が示される。それが進んでしまい「"優秀な人"による"捏造""改竄"まで起きる」「頭がいいねと褒められた子どもは、必要な努力をしなくなる」のだ。「努力のかいがあったね」といえば、難しい問題に挑戦し、面白がるという。また「報酬がいいとやる気や創造力が減退する」「"ごほうび"をいうと"嫌なこと"をさせるときだと脳が反応する」――つまり創造性をあげるには、報酬ではなく、「やりがい」を与えることだという。また「女性は男性に比べて、セロトニンの合成能力が低い」ので、女性の方が不安になりやすい。女性脳は不安になりやすく、楽観的な男性脳は「メールもすぐに返信しない」ことになりがちのようだ。「ステレオタイプ脅威」――人はこうである、男(女)はこうであると決めると、そうなってしまうことに用心。

「幸福度が低い」にはわけがある――。「幸福の感じ方(幸福度)」を調査・研究すると、収入額、配偶者の有無、職業、宗教の影響を受ける等の環境要因の部分は少なく、感じ方や考え方は遺伝的影響が大きいという。「幸福度の高さは、どれくらい陽気で楽観的な性質かと言い換えてもよく、セロトニンの動態と深く関係している」「セロトニントランスポーターが少ないという日本人はやや特異的な性質を持った集団である」「真面目で、慎重、悲観的になりやすく、粘り強い日本人の幸福度の低さは性格遺伝子で特色づけられる」というのだ。その性格は長寿に共通する性格で、「幸福度を高めてやることがその人の寿命を縮めることになりかねない」とのパラドキシカルな考え方に論及する。面白いものだ。「"弱み"は人間の生存戦略上なくてはならない」とし、「"弱み"を生き延びる強さに変える生き方を」という。


感染症対人類の世界史  池上彰・増田ユリヤ著  ポプラ新書.jpg新型コロナウイルス感染症が世界を覆っている。しかし、人類の世界史を見ると、感染症との戦いの歴史であったことがわかる。戦乱の歴史に見えてもその裏では、感染症の蔓延が戦争終結をもたらしたことも明らかだ。日本においても、感染症や地震・風水害・大火災などで歴史が動いたことはいくつもある。感染症の発生は、「家畜との共生や動物との接触などから始まる」「自然破壊は感染症を掘り起こし」「コロンブス交換など、グローバル化は感染症の拡大となった」等々・・・・・・。人類は今、文明の進展が逆襲され、「人類と文明」を根本的に問いかけられているといえるのだ。池上・増田両氏が「感染症対人類の世界史」を語る緊急出版。

「シルクロードが運んだ病原菌(昔も今も)」「アテネがスパルタに負けたペロポネソス戦争(BC431年~404年)でアテネに疫病が蔓延し、指導者ペリクレスも疫病で死亡」「スペインがアステカ王国、インカ帝国を破ったのは天然痘が原因(ピサロの軍勢はわずか200人足らずだった)」「コロンブス交換で米大陸に天然痘などの感染症、馬・牛・羊などが持ち込まれ、梅毒は中米から欧州へ」「東ローマ帝国の衰退をもたらしたペスト」「"ロミオとジュリエット"の悲劇の陰にペストが」「ペスト流行まで教会の権威は絶大だった(宗教の力が及ばないと権威失墜からルネサンス)(活版印刷も始まり、宗教改革)」・・・・・・。世界を震撼させたペストは14世紀、17世紀、19世紀の三波に及んだ。

日本では、「天平の大疫病、聖武天皇は大仏を建立する(天然痘といわれる)」「聖武天皇は大仏や全国に国分寺等を造ったが、復興経済のため墾田永年私財法などをつくる」・・・・・・。

「第一次世界大戦の終結を早めたスペイン風邪」「スペイン風邪は1918年の第一波、第二波、1919年の第三波。第二波が致死率も高かった」「世界人口の25~30%、死亡者数は全世界で4000万人。日本では230万人の患者と約38万人の死者(45万人の説も)」・・・・・・。

コッホ、パスツール、ナイチンゲール、北里柴三郎、野口英世ら、人類の反撃もあり、現在に至るが、「感染症のリスクは高まっている」と真剣に警告する。


51H7Y3OcVbL__SX310_BO1,204,203,200_.jpg2011年4月から今年1月までの約10年、毎月1回朝日新聞連載のコラム「時事小言」をまとめたもの。「何が終わり、何が変わったか」が副題だが、国際政治は激変した。中国の台頭、難民・移民による欧米社会の激変とポピュリズム、米国でのトランプ誕生、英国のEU離脱、シリアやイランなど中東の混迷、北朝鮮の核開発、そのなかでの安倍長期政権と外交・・・・・・。新冷戦の兆しに包まれた不安定化する世界の激変を、毎月1回ウォッチし、語る。そして事象の激変を語るのではなく、その背後にある世界の変容を構造的に落ち着いて分析する。

「民主主義が後退している。各国は、選挙や議会の民主主義の上にリーダーを選んではいる。しかし、専制化し、独裁化している」「民主主義は後退し、権威主義体制の安定というのが国際政治の動向だ。民主主義は法の支配と国際関係の安定の基礎だ。権威主義が優位となった社会は、権力闘争と力の均衡が支配する古風な政治の復活だ」「ヨーロッパは、アメリカにおけるトランプ政権と競い合うように、自国の利益のためには地域協力を後回しにする体制への転換を進めている。分断された世界の先頭に立って、ヨーロッパは分解する世界の先頭に立とうとしている」「韓国で語られる歴史が『正しい』わけではない。しかし植民地支配のもとに置かれた朝鮮半島の社会、そして戦時に動員された労働者や女性が強いられた経験について、日本でどこまで知られているのか。慰安婦は売春婦だなどと切って捨てる人が日本国民の多数だとは私は信じない」「SDGsは机上の空論ではない。発展途上国への援助ではなく、先進工業国を含む世界全体の目標として掲げられ、国境を越えた協力と結束なしにはSDGsの実現は不可能だとの認識が共有されている」「核廃絶すべき、一方で抑止力として核は必要という議論は、核兵器が実践で使用される可能性が高まっている事実を見ていない。核廃絶の理念を掲げるだけでなく、緊急の政策課題として核軍縮を実現しなければ現在の平和が失われる。その緊張感のなかで核兵器の削減に努めなければならない」「一帯一路政策などから連想する中国は、軍事・経済の両面で覇権を求め、国際政治の安定を阻む新興大国の姿である。だが中国最大の敵は中国自身であり、共産党による抑圧的支配にほかならない」「米国の政策は、覇権国家としての負担を削減するためには貿易体制や同盟が動揺してもかまわないかのようだ。米主導の下につくった国際制度を見直し、米の利益に沿うように各国の譲歩を求め、得られないなら制度から撤退するという変化となっている」「個人情報の保護と安全保障の要請との間のバランスをいかに取るか」「今の世界では戦争が生まれる可能性は高い。紛争のエスカレートを食い止める可能な手段を考えることだ」「今問われているのは抑止の正当性ではなく抑止の限界である。抑止戦略に頼っても、軍事介入に頼っても、平和と安定を期待できない。そのような世界に私たちは生きている」「自国の利益ばかり優先される世界で、国境を横断した価値や倫理を実現することは可能か」・・・・・・。

国際社会、国際政治の抱える諸問題、しかも構造変化激しいなかでの生々しい諸問題――"綺麗な答え"が見つからないなか、現実を直視し、深層からの筋の通った主張がされている。


日本経済学新論  中野剛志著.jpg「渋沢栄一から下村治まで」が副題。「日本経済学」とも呼ぶべき近代日本の経済・思想を貫く精神とは何か。それを、渋沢栄一、高橋是清、岸信介、下村治の4人を抽出し、その柱がプラグマティズムと(経済)ナショナリズムであることを明らかにする。明治から昭和の終わりまでの日本。激動のなか実際に舵取りをした4人は、現場実践の実感覚と柔軟性を手放すことがなかった。そして、民力、国力、創造力や国民の連帯意識を重視した。当然、積極財政や保護主義を主張し、健全財政や自由貿易のドグマから距離を置く経済ナショナリズムに立った。経済理論や貨幣論が揺れ動くなかで、4人の経済思想が共通することが浮き彫りにされる。その骨太の道を提示する本書の圧倒的な力業、鮮やかさに驚嘆する。

とくに渋沢栄一の「論語と算盤」。なぜ、論語と算盤か、どういう論語なのか。水戸学のプラグマティズム、朱子学批判。理論は実践のなかにある。萩生徂徠ではなく、伊藤仁斎・会沢正志斎・渋沢栄一と貫かれる「中庸」「常識」の渋沢の論語主義が示される。その理念は、市場の「見えざる手」ではなく、「国家のため」「社会のため」といったナショナリズムや公共精神をもつ渋沢たちの「見える手」によって開拓され、近代日本の資本主義が形成される。渋沢も高橋是清も近代化と戦争のなかで、格闘する。緊縮財政か積極財政か。金本位制等々をめぐる貨幣をめぐる通貨論争は、世界を背景にして揺れ動く。デフレとインフレ、この時代に渋沢をしてもなお超えられなかった商品貨幣論のドグマを超えて次代の扉に手をかけた先駆者・金井延の存在も紹介される。

経済ナショナリスト・高橋是清――。高橋は事象の根本原因を常に問い質す姿勢をとり、経済の「根本」はナショナリズムによって動かされる産業組織であり、それこそが「国力」なのだとした。経済ナショナリズム、国民の生産力を引上げるための産業政策を重視した。井上準之助の緊縮財政の失敗と野心、高橋の積極財政の功は顕著だが、しかし軍国主義化の勢いは止められなかった。この戦時統制経済の責めを受けるのが岸信介だが、「岸が官僚になって以来、一貫して軍国主義者あるいは戦時統制経済論者であったとはいえないのではないか」「岸にとって『統制経済』とは自由主義経済と計画経済の中間形態」と中野さんはいう。そして後の岸政権は、積極財政、インフラ整備を図り、「所得倍増」の池田政権へとつなぐ「協調的経営者資本主義」を進めたのだ。その「所得倍増計画」を理論的に支えたのが、下村治――。渋沢、高橋、岸の経済ナショナリズムの思想を受け継いだ「下村理論」「成長理論」だ。成長の主軸は「国民自身であり、政府ではない」とし、「ケインズの理論に供給側の理論を接続した成長理論」「政府は安易な景気刺激策・需要刺激策ではなく、経済をあるべき姿に向けて誘導するのが役割」だという姿勢を堅持した。さらに低成長時代を経て、「下村は"追い付き追い越せ"型の経済成長が終わったからこそ、民間主導型から政府主導型の経済システムへと転換しなければならないと、新自由主義的な構造改革論者とは正反対の主張を展開した」と指摘する。政府が財政支出を拡大して国内需要の増加を誘発させなくてはならない、ということだ。

最後にこの平成以降、「渋沢が説いた合本主義を時代の遺物として打ち棄て」「高橋の否定した健全財政のドグマに執着し」「岸が嫌悪した弱肉強食を目指して、規制緩和、自由化、民営化を推し進め、日本型の協調的経営者資本主義を葬り去り」「下村が遺した『国民経済を忘れるな』という戒めを忘れ」ていい訳がないと、痛烈に言う。


生き抜くための数学入門  新井紀子著.jpg「数学とは何だろう」「微分・積分何になる」「足し算・掛け算・分数がわかれば人生はやっていける」とは、ほとんどの人の思いだろう。しかし、物事を定義づけ、論理的思考をする。思考の幅や自由度を身につける。感情に溺れず、正確に考えることが人生でいかに大切か。新井先生は「日本人は、どうも『とは』と『なぜ』の力を、学校でも社会でもちゃんと鍛えていない」という。そして「他の国の人にも」「宇宙人にも」、しっかりした定義と論理の共通言語で語り合えるように、本書では「かけ算を宇宙人に教えよう」「数学的な構えをチェック」「数直線は変な線」「四角形とは」「ゲームを定義する」「累乗のこわさとおもしろさ」「いろいろなグラフ」「計算できない関数」「三角関数」などの講義を行い、最後はあの小川洋子の「博士の愛した数式(オイラーの等式e + 1 = 0やルート√)」などを語る。あらゆる概念を論理的に考え続け、皆で共有する。「なぜ」と問いかけ、その結論を出す。

無限、有限、確率、無限小数、循環小数、数直線、実数、自然数(正の整数)、無理数(分数で表せない)と有理数、円や四角形の定義付け、累乗(ダニやコロナ)、微積分、指数法則、テイラー展開、超越数・・・・・・。

「パワーアップした数学はこれから新たなものを数学に飲み込み、発展するでしょう。そういう数学で育った若い数学者たちは『複雑さ』への耐性を身につけて、前の世紀では想像できなかったような概念への直感を身につけていくにちがいない。それに参加するか、それとも、しないのか、現代の数学というのは、そういうバトルフィールドなんだろうと思う」という。

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プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

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