エチオピアは他のアフリカとあまりにも違うそうだが、そのエチオピア南部になんと酒を主食とするデラシャという民族がいる。栄養の大部分をパルショータと呼ばれる酒から得ているというのだ。本当だろうか。1日中、酒を飲み続ける生活とはどんな感じだろう。日常生活や健康はどうなってるだろう? それを知るには実際に行くしかない。なんと高野さんは全行程2週間、突入する。まさにトラベルはトラブル。嘘のような本当の旅の物語が綴られる。
エチオピア南部、デラシャに入る前に隣のコンソという別の民族の村に入る。コンソ人も毎日、食事のように「チャガ」という酒を飲むという。なんとコンソの村は狭く、石がびっしり敷き詰められている異形の村。チャガ造り、朝から晩まで酒、大酒飲みのハードワーカー、降雨量も少なく川には水がなく水は貴重。乾燥に強いソルガムを作るが、それだけでは栄養が足りないので、発酵させて酒にすると栄養分が賄えるということのようだ。食事の席で相手への経緯と愛情を込めて「あーん」、覚醒植物「カート」、村のチャガバー----。驚くべき世界が語られる。それでも「チャガなくしてコンソの生活が成り立たないのは間違いないにしても、主な栄養源はソルガム団子と豆類ではないか。多く見積もっても『酒』と『固形物』が半々ぐらいのように見えた」・・・・・・。
そしてデラシャへ。「コンソの大人が飲むチャガが1日平均して2リットルであるのに対し、デラシャはパルショータという酒を5リットルも飲むという」のだ。まず、民家どころか、大がかりな民族資料的ヤラセ、フェイク家族で騙される。それがわかり、「ホンモノの家族とホンモノの酒飲み民族」に出会う。パルショータ造り、凄まじいノミ、シラミ、トコジラミ、ダニの襲来、無数のゴキブリの大群。「誰も彼も酒を飲んでいる。パルショータは食事と水を兼ね備えたスーパードリンクなのだ。酒は煮炊きする必要がなく、一日、陽にさらされていても傷まない。好きなときに好きなだけ飲める。仕事中にはこれ以上便利な飲食物はない。ヤギ追いの子供たちに出会ったが、彼らが持っているペットボトルの中身はパルショータ。5歳の女の子が『へべれけのおっさん』になっている」・・・・・・。「外部の人は絶対に気づかない穀物を入れる地下の貯蔵穴『ポロタ』」も興味深い。現地の病院を取材し、医師にデラシャの人たちの健康状態を尋ねると、「全く健康で何の問題もない。気晴らしや娯楽のためではなくパルショータは食事。飲むことにも慣れている。むしろ最近になって、グローバリゼーションにより肉や油を摂る生活になってから悪化している」と言う。その病院では、なんと病室で酒を飲んでおり、妊婦まで酒を飲んでいると言うのだ。おいおいと思って笑ってしまう。
「彼らは決して遅れているわけではない。自然と共生しているわけでもなく、自然を作り替えるディベロッパーでもあった。西洋文明が世界基準になってしまった今、『遅れている』ように見えるだけだ。『進んだ方向が違う』のである」と言う。2023年に、WHOは「アルコールが少量でも健康に有害」と明言したが、「飲酒している人の食生活全体は何も言及されない。飲酒に害があるとしても、それはつまみに塩気の強いものや脂っこいものを摂るせいかもしれない」「イスラム圏を長く歩いている私には、単純に酒を飲まない生活が健康に良いなどとは到底思えない。酒の代わりに頭が痛くなるほど甘いお菓子を食べ、甘いお茶を飲み、私のイラク人の友人は『イラク人はだいたい高血圧と糖尿病で死ぬ』と言っている。油や砂糖の取りすぎは酒の摂取より有害なんじゃないかと思う」と言う。
デラシャの人たちは油を摂取しないし、砂糖もほとんど取らないし、塩分摂取も少ない。「食生活全体を見る視点が現代科学では決定的に欠けているように思える」との指摘は鋭い。「遅れている」「酒は有害」などと言う単純な議論を打ち砕く面白すぎる体当たりのレポートだ。こんな胃痛や下痢、全身虫刺されの命がけの体当たりをやってのける高野さんこそ、信じられない恐るべき人物だと思う。