小さな地方都市にある家族葬専門の葬儀社「芥子実庵」を舞台に、「死」を前にして、「自分らしく生きる」ことを突きつける人生ドラマ。
「見送る背中」――。仕事のやりがいと結婚の間で揺れ動く芥子実庵の葬祭ディレクター・佐久間真奈。親友のなつめが突然、常連客の男と心中。「佐久間真奈さんの担当で、簡素な式をお願いしたい。葬儀の連絡を取ってほしい人は、高瀬楓子さん、これくらいしか」「思いつく限りの試行錯誤をしました。じゅうぶんもがけたかなと思います」と遺書を残す。なつめはデビュー作で賞を取り、ベストセラー作家にまでなったが、その後全く売れず、デリヘル嬢になっていた。真奈の恋人・純也は、「何も死体を触るような仕事じゃなくてもいいだろう」と転職を求め、結婚したばかりの楓子の夫は、「デリヘル嬢だったなんて酷い。楓子は行かせません」と言う。・・・・・・そして、「楓子、まずは中に入って。なつめと3人で話そう」「自分の人生の戦場を真正面から生き抜いた友のことを」・・・・・・。
「私が愛したかった男」――。花屋の牟田千和子は夫から「別れてください」と言われて離婚。娘を一人で育てるが、娘の天音は大学を辞めて、東京の恋人のところに行くと言う。そんな時、元夫の野崎速見が恋人が死に、こともあろうに、その葬儀を手伝ってほしいと頼まれる。なんとその恋人とは男性だった。千和子は優柔不断な野崎を押しに押しての結婚だった。「せっかく助けてくれたひとを、自分の中の『正解』に無理やり当て嵌めてしまったのよね。大事なひとがどんなふうに生きたいか、何を幸せに感じるかなんて考えてなかった。それが、離婚の理由なんだけど」「私からのアドバイス----。『相手の幸せを考える時間』も大事なんだよ」「ひとはいつ、大事なことに気づくかわからない。気づけるその日まで、自分なりにもがくしかない」・・・・・・。「私が愛したかった男」で、「愛した男」ではなかった。
「芥子の実」――。芥子実庵の新入社員の須田。中学の時、激しいいじめを受けた同級生・伊藤の父の葬儀を担当することになってしまう。世界でいちばん会いたくなかった男だ。ひどいいじめだった。「なぁ、あんた。薄暗い団地の、ゴミと埃だらけの踊り場で死ぬ女もいるって知ってるか? 底冷えする公民館で、誰にも惜しまれることなく厄介者扱いされて。----そして、その女の息子を、長年小馬鹿にしてきたのが、あんたの息子だ」。伊藤は上から目線で謝る。「俺はこれから先何があったって、君たちを『許す』とは言わない。君たちにされたことを一生忘れない」「豊かに生きてる人間の言葉は、俺には響かない」・・・・・・芥子実庵の社長・ 芥川は、職場を辞めるという須田を火葬場に連れて行く。「愚かな女が、愚かなりに一生懸命育ててくれた。その母を寂しく送ってしまったことへの後悔が、時間とともに膨れっていって、俺を押しつぶしそうなっていた」・・・・・・。仏教の逸話、「その芥子の実は、今まで死んだものを出したことのない家からもらってくること」----。芥子の実はどこの家にもない。死んだものを出したことのない家など一軒もなかった。
「あなたのための椅子」――。元恋人の訃報を受け取った主婦・良子。しかし夫は葬儀に行かせようとしない。弟の純也(芥子実庵の佐々木真奈の恋人)が、一策を講じて葬儀に出るが----。この日本社会には抜きがたい男尊女卑、職業蔑視、死を忌む心が溢れている。
「一握の砂」――。佐久間真奈と純也、そして芥川のそれぞれの人生観、死生観が接っし合い、ぶつかり、本音からの語らいから這い上がる。「自分らしく生きていこうって決めたんだ」・・・・・・。「死」の衝撃のなかから、自分の「生きる」ことを考える。練り上げられた5つの小編連作。