世界には標高8000メートルを超える山が14座ある。2001年のエベレストに始まり、2024年のシシャパンマまで14座すべてに登頂した写真家がその軌跡を綴る。文字通り命を賭して挑み続ける。その姿勢は凄まじい。こんな世界、こんな人生があるんだと思う。
「忘れたくない。あの苦しさと喜びを忘れたくない。いくつもの出会いと別れを忘れたくない。だからこそ、ぼくは書き残す。ここにあるのは、自分が死ぬまで、暗闇を照らし続ける光源のような日々の記録であり、極地と人類との関わりの現在地である。それもこれも、すべては2019年半ば、ミンマ・ギャルジェ、通称ミンマGと呼ばれていた聡明なシェルパ族の若者との出会いに始まるのだった」・・・・・・。このシェルパたちが、とにかく凄い。献身、体力、技術・・・・・・。
この新世代シェルパとともに、2019年7月、K2を撤退した直後、ガッシャブルムII峰を登攀。しかしコロナ禍。なんとミンマは仕事がなくなったことをチャンスに、自分で遠征に乗り出し、登山史に輝くK2冬季世界初登頂を成し遂げた。
コロナ禍が明けた2022年、著者とミンマGは4月にダウラギリ、5月にカンチェンジュンガ、7月にK2とブロードピーク、9月にはマナスルに登頂する。マナスルは2012年に登頂していたが、そこは頂上ではなかった。ヒマラヤの「真の頂上」問題だ。かつてヒマラヤでは1年に1回ひとつの高峰に登れば良い方で、数年に1回の大遠征だったが、今は8000メートル峰に登る手順は洗練され、自国で低酸素室で訓練を積んだり、ヘリでベースキャンプまで行ったり、SNSに写真を頻繁にアップしたりと大きな変化をしていると言う。
2023年4月にアンナプルナ。キラーマウンテンのニックネームをもつ難しい山。その直前に相棒のシェルパであるペンバ・テンジンがエベレストで死ぬ。日本で休んだ後の7月、「人喰い山」の異名を持つナンガパルバット、続いてガッシャブルムI峰、10月にはチョオユーに登頂する。ネパールと違ってチベットに入るには中国の入管の厳しさが際立つ。そして2024年、最後の14座目のシシャパンマに挑む。2度の雪崩で友人、仲間が亡くなった。「みんな真剣に生きていた。シェルパたち、登山者はみんな高いレベルで命の炎を燃やしていた。誰も悪くない。あんなに必死で生きて、そして頂上を目前にして、あるものは引き返し、あるものは命を失った」・・・・・・。著者は、頂上直前で引き返したのだ。
帰国した後、再度10月に挑戦し、頂上に立つ。「ここより高い場所はどこにもない」「ミンマはじめ、ずっと一緒に登ってきた仲間たちとシシャパンマ主峰の最高点にようやく到達したのだ。今はいないペンバ・テンジンやアンナやジーナのことを思い----目頭が、熱くなった」「彼ら彼女らがただ死んだわけではなく、4人があのような場所で命を燃やして、存分に生きていたことが痛いほどわかるからだ」・・・・・・。
私は小学校に入った頃から地理が好きで、世界の山としてエベレスト、カンチェンジュンガ、ダウラギリ・・・・・・。暗記していた。日本山岳会の世界初のマナスル登頂の快挙(昭和31年)もありありと覚えている。
「原発不明がん、160日の記録」が副題。毎年、神経質なほど体調を気にして、人間ドックを受け続けていた夫が、筋トレなどスポーツクラブのレッスンの後、突然、腹部の激痛に襲われる。病院で腸閉塞の診断が下るが、どれだけ検査を行っても原因は特定されず、ただ時間ばかりが経過し、どんどん衰弱していく。「ここまで検査してもがん細胞は見つからないので、その心配はないだろう」と医師は言う。しかし病状はどんどん悪化し、医師も焦る。コロナ禍でもあり、妻の面会もままならない。「怒りと焦りと不安で胸が潰れそう」な毎日となる。そして入院から3ヶ月、ようやく告げられたのは、「腹水内にがん細胞が発見された」「原発不明がん」「余命はあと数週間ではないか」という砕けそうな非情極まりない事実だった。
「がん」は、悪性腫瘍の総称。「癌」は肺や胃など臓器の上皮細胞から生まれた悪性腫瘍を指す。「原発不明がん」は、原発がわからないがんで、全がん患者の3%というが、症状がそれぞれ全く違い、先行きを予想することが大変難しい。原発巣が確定できないので、抗がん剤治療などができない。治療できなければ、体力がどんどん奪われ、がんに抗する力がさらに減退する。まさに表題にある「見えない死神」。悔しいが本当に厳しい。
治療の断念、退院と緩和ケアの開始、自宅での看取り。発症から夫が亡くなるまでの160日を克明に綴る。読んでいて息苦しく、悔しく、「希少がん」を現代医学は何とか克服できないのか。緩和ケア、患者サポートセンター、医療ソーシャルワーカー、訪問看護師がいかに大切か。多くのことを問いかける生死の最前線に迫る著者自身の震えるようなノンフィクション。
第15回アガサ・クリスティー賞大賞受賞作。「イスタンブールの魂と力はボスポラス海峡から来るのである(オルハン・パムク)」――。東西が交差し融合する魅惑の都市・イスタンブールで起きた不可解な自殺と連続殺人事件。自殺した日本人ピアニスト・古谷ヒデミは遺書として「私に死を決意させた女たち、真の犯罪者たちをここに告発します」と3人の名前をあげる手紙を送っていた。在イスタンブール日本人の丸川真理恵、山屋葉月とインターナショナルスクール教師のエジェ・ カプランの3人が、その子を使ってヒデミの息子・海斗をいじめ、脅しをかけ、犯罪者に仕立て上げようと企んだという告発だ。捜査に入った左遷明けのオヌール警部補、彼の部下で漫画好きのジャン巡査部長、そして本庁国際犯罪課のエリート警部・セルビルの3人は、その謎めいた告発の裏取り調査を進める。
その中で、在トルココミュニティーのチューヅマ(駐在員の妻)たちの特殊なヒエラルキーの人間関係が浮かび上がる。さらにこの街で女性の転落事件が頻発しており、そこに関連があるのかどうかが調べられていく。さらに、この3人の女性はパリの高級ブランド「エベール」の模造品売買を行っていることが発覚。また転落死した女性・トゥーチェはカプランの手下で、ヒデミの夫で大学特任教授の古谷渉を誘惑し、愛人関係にあったこともわかる。「ヒデミのプライドをボロ切れ同然にすること。理由はヒデミへの嫉妬、理屈なき憎悪----」との証言も出てくる。さらにその古谷渉が襲われ死亡する事件、カプランが連れ去られる事件が起きる。実に複雑怪奇・・・・・・。
事件は、「子供を使ったセレブ駐妻の嫌がらせ」というありがちな物語にしては凄惨すぎる。次第に全く反対のヒデミと息子・海斗の特異性が明らかになってくる。ヒデミは怨念の中で人を操る「女神アテ」、海斗は瓜二つの同じ悪魔的な知恵を持ち自分の野心のために邪魔なものを全て排除する恐るべき悪魔のような子であることがわかっていく・・・・・・。
描かれるこれらは、主にある1日の出来事。あまりに複雑、あまりに多場面、あまりの多視点で、迷路に入ったようで翻弄され続ける。「今度の醜い土鳩は、子供を喰った」――。ボスポラス海峡、イスタンブールの上空を飛ぶ土鳩の表紙が不気味で印象的だ。
「脳が欲しがる本当の休息」が副題。「睡眠中は脳も休んでいるといわれるが、実は脳は眠らない」「睡眠は、あくまで体を休めるため、エネルギー節約のシステムである可能性が高く、脳は切り離して考えるべきだ」「脳は眠らない。眠らないけれど、いつも24時間コンビニのようにピカピカに掃除が行き届き、他の在庫も補充されている。深いノンレム睡眠の時、老廃物を洗い流し記憶の定着が行われている」「記憶のメカニズムで大切なのは『忘却の力』」と解説している。
それでは、「脳が欲しがる本当の休息」とは何か。それは睡眠ではない。日本は世界一の"短眠族"なのだ。「脳の回復には、睡眠より『刺激』だ。刺激がないと脳の認知機能は衰える」と言う。そして「不夜脳は無理をして24時間活動しているのではなく、『休まないことこそ、脳に最適な働き方』と言っていい」と解説している。
「睡眠は『脳疲労』を解決しない」――。脳は刺激をシャットアウトするような休息はそれほど求めていない。それよりも運動をしたり、言語を覚えたり、音楽を聴いたり、様々な「適切な刺激」を入れることがより元気な脳を作る、と言う。
そこで、「疲労知らずの脳の鍛え方」――。人間は「飢餓」に強くできており、食べ過ぎと運動不足がいけない。「間欠的断食で、脳を鍛える(疲れたときには甘いものというのは間違い。糖質は脳の疲れを癒さない)」。甘いもので、活力が戻ると言うのは脳の栄養補給ではなく、脳でドーパミンが出るからだと言う。「脳の糖分」にはクルミが良い(オメガ3脂肪酸が豊富)。脳を鍛えるには「外国語学習」「読書(内部刺激が脳を動かし、より深くより長く前頭前野を動かし、没入するなら読書がすごい脳トレになる)」「スマホゲーム」「ポケモンGO」「ダンス(リズム活動が脳に良い)」「目隠し、目を瞑る」「麻雀」・・・・・・。なるほどと思う。それに体のどこかの「慢性炎症」を治療しておくことが大事だと指摘している。
ただし、「『脳は眠らない』と主張する本書は、『断眠のすすめ』ではない。眠らなければ命が危ないのだ」と言う。そこで疲れる前にやって疲労をためない「脳の疲労を癒す方法」を示す。「まず横になり、副交感神経優位な状態にすること」「瞑想。なるべく外部からの刺激をシャットアウトする」「40ヘルツの音波刺激」「森林浴刺激」「ジャンクフード中毒など依存食物刺激を避けること」「ハーブ刺激(お疲れさまの一杯はお茶で良い)(緑茶もハーブの一つ)」「入浴サウナ刺激」「脳のリラックスには『冷却』が基本」「安心刺激。予測的中やお約束のパターンは安らぎのストーリー」・・・・・・。
都市伝説が溢れているが、著者は機能脳神経外科医の脳の専門家だが、プロの麻雀士でもあるという。現場からの「脳が欲しがる『刺激』と『癒し』の本当の休息」のアドバイス。
昨年秋に放送されたNHKシリーズ。「国文学、民族学を通じて日本を、日本文化を見つめた巨人・折口信夫(1887~1953)」をあらゆる方向から描き出す。まさに凄まじい巨人だ。
欧米の文明・文化を急速度に受容した明治日本。しかしそのなかで、1900年を前後して、「日本とは、日本人とは」を問いかけ、世界に発信した知識人がいた。内村鑑三の「代表的日本人」(1894年)、新渡戸稲造の「武士道」(1899年)、岡倉天心の「茶の本」(1906年)、そして牧口常三郎(後に創価学会初代会長)の「人生地理学」(1903年)。これを日本文化論の第一世代とすれば、「鈴木大拙、和辻哲郎、柳田國男、折口信夫が第二世代」「彼らは上層よりも下層部の人々の生活を、都市よりも田舎の人々の生活を中心とした日本文化研究を行った」と言う。それは「近代の学問が止めどもなく細分化する『切り裂く知性』なのに対し、人格形成の『包み込む知性』」であり、折口信夫は国文学研究、民族学研究、芸能研究、宗教研究、神道研究、さらに釈迢空の名の歌人であり、小説も珠玉の評論もする巨人であった。それはいずれも、神と人との関係を観察してゆくことである。また宗教文化を肯定的に捉えるものであり、日本の伝統文化を無視して進む近代社会への抗議者でもあった。
「日本で最初の『万葉集』の全口語訳の人で、歌の数は4516首、全20巻に及ぶ。声に出して読むと、歌舞伎の台詞のように面白く、しかも借金を返すためにやったというから度肝を抜く。
柳田國男の「祖霊」論と折口信夫の「まれびと」論の激突が紹介される。祭りも芸能も他界、「あの世」からやってくる「まれびと」、常在しない外部から来る神様をもてなすという行為から生まれる文化だと言う。
「かそけき詩人、怒りの詩人」「常に弱者の側に立つ人(反権力的なスタンス)(アラヒトガミ事件)」「異端的知性のアイドルになっていった人」「大阪のボン、都会の趣味人」「愛に生き、羽咋に眠る人(石川県羽咋市に墓)」「日本的なるものを求めた人(日本文化は外国文化を受け入れて、自分たちの生活や思考、感覚に合わせるよう改善する文化)」「折口信夫の残した遺産」・・・・・・。まさに巨人だ。
