1776059556091.jpg大モンゴル国は高麗だけでなく南宋に迫る。その脅威をひたひたと感ずる鎌倉の北条時頼は権力を掌握。日本各地から情報を収集し、駿馬を集め、船を造り、水軍を訓練し、戦いに備えようと動く。蒙古襲来へ向けて、その激突前夜の静かな緊張感が迫ってくる森羅記第ニ巻。

お岩木山の北麓の台地から平野にかけて支配し、十三湊を抱える安東一族の木作繁安は馬群を引き連れ鎌倉に駆け付け得宗被官となる。松浦党の佐志タケルらも鎌倉と連携、造船を生業とする神田灯、海上輸送を行う松野青児、秀麗な水師・ 安房小太郎らも得宗被官として集う。劣勢の高麗で、懸命に珍島を守る波瀬一族(琵琶湖から日本海の舟運)も鎌倉と連携が深まっていく。北条時頼は、大モンゴル国の脅威を察知し、大型船の造船をはじめ態勢強化を急ぐ。執権を辞し最明寺入道となるが、きたるべき時のために嫡男の時宗(正寿)を厳しく鍛え上げる。

「大モンゴル国の内情を探ってみると大事な戦をニつ抱えているのがはっきり見えてくる。想像の及ばない遠い西の国の戦争、こちらからよく見える南宋攻略戦。大モンゴル国の視野にこの国が入っているのは間違いないことだ」「朝廷のありよう、寺と関係」「おまえは、いずれ執権になる。もしかすると、ひとりきりで立ち続けなければならないかもしれん。どうにもならないほどの、圧倒的な敵と向かいあったら、男が逃げることなどできないぞ」・・・・・・。父と子の「厳父の愛」「将軍学」は、この巻の白眉だ。

一方、大モンゴル国----。クビライの兄で第4代皇帝のモンケは「急ぎ過ぎる」性向を持つ。南宋攻略を任せられたクビライは、北部の燕京から西部の吐蕃、南西部の大理を陥し包囲網を成功させるが、南宋の防衛線は淮水と長江の間の平野で「壁」と呼ばれてきた。その防御の要は、2つの城郭、襄陽と樊城。「ニつの城郭を眼に入れた時に全身の毛が立つような感じがあった。陥せるわけがない。漢水の流れが本当の城壁だった。攻められない」とクビライは撤収する。

皇帝モンケは、「襄陽、樊城は自分で抜いてみせる」とはやり親征。クビライから軍権を召し上げる。西進していた兄貴のようなバトゥが死ぬ。モンケはテムゲ家のタガチャルを呼び出し総指揮とし親征を開始する。「クビライは戦わずして無理だと言った。そうなのかな。戦わなければ見えてこないものがある、と俺は思う」と広大な防衛地帯、襄陽と樊城に向かう。しかし、タガチャルは包囲したものの撤退。「あそこは、戦をするところではありません。地も、水上も空も支配されています」・・・・・・

再び・・・・・・「兄弟に戻れ。モンケはそう言っていた。欲していた。願っていた。頼んでいた」「痩せたか、兄者」「うれしそうでしたね、陛下は。皇帝になられて、寂しいのですね」・・・・・・。二人の心情が伝わってくるなかなかの場面だ。

モンケ、クビライの軍勢30万。主力のクビライ軍----クビライ以下、副官のバアトル、麾下隊長のラケイラ、赤影隊の阿咒、そしてパクパ、竜夏以。いよいよ壁を破りに・・・・・・。そこに一報が・・・・・・。「陛下、御崩御です」と。

蒙古襲来ヘ緊迫感がひたひたと増す。


1776059216553.jpg「青青たり陵上の柏・・・・・・」「自由自在に生きたらええ」「やりたいようにやったらええ」「やってくる変化が面白くて仕方ない」「遺灰は空に撒け」「気づいたものが変えていけばいい。身分も、肩書も、上も下も右も左もない。地面かて動いている」・・・・・・

江戸の文化・文政時代。当代きっての儒学者で、諸藩をめぐっては経済改革の助言をし、閉ざされ格式ばった江戸の世に自由な生き方を説いた海保青陵が亡くなった。最後に弟子入りした弥兵衛は、弓師の家を継ぐべきか悩む16歳。「遺灰は空に撒け」との遺言を胸に、戯作者の暁鐘成とともに、青陵ゆかりの人々を訪ね歩く。

まず江戸に出て、青陵の弟・角田彪と会う。「兄上は非凡な才の持主。某は兄上のお役に立ちたい」「何が愚かだ、彪。我が賢弟。ただ、尾張徳川に仕えるのはひどく退屈で面白くない。そこにそなたを送って良いものか・・・・・・私ばかりが楽になって良いのかな」・・・・・・。天才、奇才、わがままで厄介な兄を廃嫡して、無事に角田家を継いだ真っ当な弟と認知されていくが、彪の心底にある兄への思慕は深かった。

さらに、江戸では自ら死亡通知を出して未だ達者な奇人、司馬江漢と交遊(これも青陵のアドバイス)しつつ、天文の地動説にまで思いを馳せる。秩父では忍藩の家老と会い生糸や煙草、さらに硯石まで見て回り、金沢では立山の資源まで探り、どこへ行っても"おかしな人"と繋がり愛され、尊敬された。商いを蔑視する武士を翻弄し訝しがられたが、「私心」が全くない故に、最後は信頼された。「先生は世の中を豊かにしたかったんやろう。経世家いうて、己の金回りに疎いんやから面白い」・・・・・・

「青陵は何かを劇的に変えたわけではない。それでも常に、膠着したところに新しい風とともに現れ、人々の心を動かしてきたのだ」「青陵はただほんの少し、考え方を変えたら、世の中はこんなに面白いと気づかせたかった。同じ姿勢を保つより、伸びをした方が気持ち良い。風を浴びたら考えが変わることもある。そうすることで、自分と同じように今の世に『居心地の悪さ』や『窮屈さ』を感じる人々に、『自由自在』を見せたかったのではないだろうか。私はやはり、青陵先生のことが好きやなぁ」・・・・・・

実に面白い人物。人一倍情も深かった。青青と生きた人。世のしがらみや型にはまった考えや仕来りから抜け出た人。まっすぐに青空を仰ぎ、自由自在に生きた人。青が似合う人だったと描く。 


1775785320375.jpg全国高校生総合文化祭の表彰式典で、主賓の文部科学大臣かつ文壇の大御所作家でもある清水義之が舞台上手から飛び出してきた男に刺殺される事件が起きる。逮捕された男の名前は永瀬暁、37歳。永瀬は逮捕された後、週刊誌に手記を発表し始める。そこには清水が深く関わっていたとされる新興宗教「世界博愛和光連合(愛光教会)」に対する恨みが綴られていた。弟の難病で、母親が愛光教会にのめり込み、暁の父であり気鋭の作家であった永瀬明(ペンネーム長瀬暁良)は、なぜか清水から徹底弾圧され自殺していた。

またその式典に参加していた作家の白金星賀(ペンネーム金谷灯里)は、この事件を小説として描く。本書の前半が暁の手記(「暁闇」)、後半が金星(白金星賀)の小説(「金星」)という独特の構成。このノンフィクションとフィクションが絡み合ってこそ見えてくる事件の真実。新興宗教に奪い取られた人々の運命と閉鎖空間ゆえに増幅して生まれる浄らかな愛の姿が浮き彫りにされる。

「暁星(あけぼし)」――暁に輝く金星。「金星は星の中では一番明るいが、明け方と夕方しか見えない。明けの明星、宵の明星と呼ばれるように常に太陽と一緒に輝いている。長瀬暁良の著作『暁闇』は夜明け前の暗闇という意味で、夜明け前が一番暗い。だけど必ず日は昇る、人生の闇を乗り越え、暁の空に金星を探そうというメッセージが、ビシビシ伝わってくる作品」・・・・・・。主人公となるのは、暁(小説部分では暁生)と金星。ニ人ともこの小説「暁闇」を感動して読んだが、文壇において暁の父は弾圧され自殺。ニ人の母親は共に愛光教会にのめり込む。暁の母は家を売るほどの多大な献金を、金星の母は娘を教団の上位の道へと必死に押し上げていく。金星は逃げようとしても、ますますがんじがらめになっていく。窒息するような中での暁と金星の結びつく愛・・・・・・

「結局、ゾンビは一度なったら死ぬまでゾンビなんだよ。人間の世界からは迫害され、ゾンビの世界でも、下っ端ゾンビは食い尽くされて、無残に捨てられるだけ・・・・・・」「じゃあ、俺もだ」「暁生くんのお母さんはゾンビでも、暁生くんは違う。でも、私は一度ゾンビになったから、脱会したのに、人間には戻れない。私の暗闇に夜明けは来ない。太陽がなければ金星は誰にも見えない。そんな人生続ける意味がわからない」・・・・・・。そして「私をゾンビの洞窟に引きずり込んだ愛光教会の日本支部最高位、角龍、清原孝之を殺す。大切なナイフで」と(小説で)金星は言い、暁生は「金星、半分こしよう」と言うのだ。

愛光教会にからめ取られた怒り、苦しみ、悲しみ、逃げ出せない、人質をとられて闘えない・・・・・・。殺人に至る溜めに溜め込んだ心と愛が押し寄せる。


1775784983897.jpg世界には標高8000メートルを超える山が14座ある。2001年のエベレストに始まり、2024年のシシャパンマまで14座すべてに登頂した写真家がその軌跡を綴る。文字通り命を賭して挑み続ける。その姿勢は凄まじい。こんな世界、こんな人生があるんだと思う。

「忘れたくない。あの苦しさと喜びを忘れたくない。いくつもの出会いと別れを忘れたくない。だからこそ、ぼくは書き残す。ここにあるのは、自分が死ぬまで、暗闇を照らし続ける光源のような日々の記録であり、極地と人類との関わりの現在地である。それもこれも、すべては2019年半ば、ミンマ・ギャルジェ、通称ミンマGと呼ばれていた聡明なシェルパ族の若者との出会いに始まるのだった」・・・・・・。このシェルパたちが、とにかく凄い。献身、体力、技術・・・・・・

この新世代シェルパとともに、20197月、K2を撤退した直後、ガッシャブルムII峰を登攀。しかしコロナ禍。なんとミンマは仕事がなくなったことをチャンスに、自分で遠征に乗り出し、登山史に輝くK2冬季世界初登頂を成し遂げた。

コロナ禍が明けた2022年、著者とミンマG4月にダウラギリ、5月にカンチェンジュンガ、7月にK2とブロードピーク、9月にはマナスルに登頂する。マナスルは2012年に登頂していたが、そこは頂上ではなかった。ヒマラヤの「真の頂上」問題だ。かつてヒマラヤでは1年に1回ひとつの高峰に登れば良い方で、数年に1回の大遠征だったが、今は8000メートル峰に登る手順は洗練され、自国で低酸素室で訓練を積んだり、ヘリでベースキャンプまで行ったり、SNSに写真を頻繁にアップしたりと大きな変化をしていると言う。

20234月にアンナプルナ。キラーマウンテンのニックネームをもつ難しい山。その直前に相棒のシェルパであるペンバ・テンジンがエベレストで死ぬ。日本で休んだ後の7月、「人喰い山」の異名を持つナンガパルバット、続いてガッシャブルムI峰、10月にはチョオユーに登頂する。ネパールと違ってチベットに入るには中国の入管の厳しさが際立つ。そして2024年、最後の14座目のシシャパンマに挑む。2度の雪崩で友人、仲間が亡くなった。「みんな真剣に生きていた。シェルパたち、登山者はみんな高いレベルで命の炎を燃やしていた。誰も悪くない。あんなに必死で生きて、そして頂上を目前にして、あるものは引き返し、あるものは命を失った」・・・・・・。著者は、頂上直前で引き返したのだ。

帰国した後、再度10月に挑戦し、頂上に立つ。「ここより高い場所はどこにもない」「ミンマはじめ、ずっと一緒に登ってきた仲間たちとシシャパンマ主峰の最高点にようやく到達したのだ。今はいないペンバ・テンジンやアンナやジーナのことを思い----目頭が、熱くなった」「彼ら彼女らがただ死んだわけではなく、4人があのような場所で命を燃やして、存分に生きていたことが痛いほどわかるからだ」・・・・・・

私は小学校に入った頃から地理が好きで、世界の山としてエベレスト、カンチェンジュンガ、ダウラギリ・・・・・・。暗記していた。日本山岳会の世界初のマナスル登頂の快挙(昭和31)もありありと覚えている。 


1775606020153.jpg「原発不明がん、160日の記録」が副題。毎年、神経質なほど体調を気にして、人間ドックを受け続けていた夫が、筋トレなどスポーツクラブのレッスンの後、突然、腹部の激痛に襲われる。病院で腸閉塞の診断が下るが、どれだけ検査を行っても原因は特定されず、ただ時間ばかりが経過し、どんどん衰弱していく。「ここまで検査してもがん細胞は見つからないので、その心配はないだろう」と医師は言う。しかし病状はどんどん悪化し、医師も焦る。コロナ禍でもあり、妻の面会もままならない。「怒りと焦りと不安で胸が潰れそう」な毎日となる。そして入院から3ヶ月、ようやく告げられたのは、「腹水内にがん細胞が発見された」「原発不明がん」「余命はあと数週間ではないか」という砕けそうな非情極まりない事実だった。

「がん」は、悪性腫瘍の総称。「癌」は肺や胃など臓器の上皮細胞から生まれた悪性腫瘍を指す。「原発不明がん」は、原発がわからないがんで、全がん患者の3%というが、症状がそれぞれ全く違い、先行きを予想することが大変難しい。原発巣が確定できないので、抗がん剤治療などができない。治療できなければ、体力がどんどん奪われ、がんに抗する力がさらに減退する。まさに表題にある「見えない死神」。悔しいが本当に厳しい。

治療の断念、退院と緩和ケアの開始、自宅での看取り。発症から夫が亡くなるまでの160日を克明に綴る。読んでいて息苦しく、悔しく、「希少がん」を現代医学は何とか克服できないのか。緩和ケア、患者サポートセンター、医療ソーシャルワーカー、訪問看護師がいかに大切か。多くのことを問いかける生死の最前線に迫る著者自身の震えるようなノンフィクション。

プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

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