「あなたは、なぜ大阪城から、独り逃げたのか」――。鳥羽伏見の戦いで壮絶・過酷な目にあった元旗本で彰義隊にも加わった土肥庄次郎は、静岡で蟄居する慶喜に怒りをもち、暗殺を企てる。時は版籍奉還前後の明治初頭。政情は定まらず、静岡には江戸から流入する武士や食い扶持を探す人、ひと儲けをもくろむ商人・・・・・・、いずれも時代の激動にさらされ翻弄されて混乱の極みにあった。鳥羽伏見の戦いで生死不明になった友・白戸利一郎と妻の奈緒、慶喜を守ろうとする剣豪・榊原鍵吉、暗殺された坂本竜馬の仇を討とうとする者たちが交差する。また大谷内龍五郎、桐野利秋、西郷隆盛、勝海舟、松浦武四郎、唐人お吉、清水の次郎長、渋沢栄一、榎本武揚などが現われ、接触・交流する。「武士道を貫く」「人は何のために生きるのか」「恨みを晴らすとは何のためなのか」と、急変した日本社会の中で葛藤し、翻弄される姿が浮き彫りにされる。ダイナミックにそれぞれの人の生き様を描いていく。
「だが、口から出たのは、己にさえ信じられぬ言葉だった。『上様』・・・・・・一体なんだ、これは――」「あなたは、なぜ大阪城から、独り逃げたのか」「そういうものである。慶喜は小さく明確に言った」・・・・・・。「君、君たらずとも、臣、臣たるべし」と武士道を貫こうとした者もいるなかでの慶喜の言葉。それに対峙した庄次郎の反骨精神が、幇間の松廼家露八となっていく。凄まじい世界を垣間見る。