老舗の陶磁器店を営む久野貞彦・暁美夫婦。その後継の息子・康平が刺殺される。犯人は息子の妻・想代子の元恋人・隈本だった。ところが裁判の判決後、隈本は「想代子から『夫殺し』を依頼された」と衝撃的な発言をする。想代子は否定、警察もまったく取り合わないが、暁美は疑う。そういえば夫が死んだというのにのに「嘘泣き(クロコダイル・ティアーズ)」をして、悲しんでいないようにも思えた。暁美の夫の貞彦が、想代子を信頼してるようにも見えて苛立つ。疑念が次々に浮かび膨らんでくる。想代子の冷静な振る舞いが、男に媚びているように感じ怒りすら感じる。
「泥沼に落とした足が.もがくごとに深く嵌まっていく感覚にも似ていた」「一つの疑念に目を向けただけで、そのことに何の確証がないにもかかわらず、那由多に対して今まで通り接することができなくなってしまった」と、暁美に言われて貞彦は、孫の那由多のDNA鑑定までしてしまう。そうしたなか、店の宝ともいうべき「黄瀬戸」が割られたり、駅前再開発の目玉として大型商業ビルの計画が持ち上がり、貞彦が営んでいる陶磁器店「土岐屋吉平」の決断が迫られることになる。
噂の中の社会、ましてや家族の中に起きる違和感、それが増幅して疑念となっていく姿をじわりと描く。ありえることだけに怖さを感じるミステリー。