「素晴らしい里帰りを」――。家庭も故郷も持たない3人の還暦の男女に舞い込んだ招待。大企業の社長で独身の松永徹、会社からの退職金の振り込みがあったその日、妻から離婚届を突きつけられた室田精一、母に死なれて娘という安逸な立場が失われた60歳の医師・古賀夏生。それぞれが、この魅力的な誘いに乗り、向かったのは、岩手県の過疎の集落。そこには「ちよ」と名乗る「母」がいた。「ちよ」は、松永ちよとして、室田ちよとして、古賀ちよとして、それぞれの痛んだ心を癒し、都会の喧騒の中で忘れていた「ふるさと」「母子」「自然」の空洞を埋めてくれる。「ちよ」は「何があっても、母はお前の味方だがらの」とまでいうのだ。
目標のなくなった還暦後の人生、便利ではあっても無機質な都会の生活、心許せる者を次々と失っていく孤独、真心に触れられない寂寥感、期待されない崩落感、繁栄と幸福との乖離・・・・・・。「ちよ」の無限の愛と村人と自然に、3人それぞれが魅せられ、引き込まれていく。
「母がかくも愛された理由は、自然であったから。そして子らがかくも母を愛した理由は、それぞれが不自然であるから」「人口の偏在や地域格差などという社会問題とはさほどかかわりなく.繁栄すなわち幸福と規定した原理的な過誤によって、多くの人々が自然を失い、不自然な生活をしなければならなくなった。そういう話だったのだと古賀夏生は得心した」・・・・・・。還暦後の人生と心に宿る原風景を問いかける。心奥に迫る。