神の山・御嶽山。二つ玉低気圧が近づき猛吹雪となる御嶽山に、冬装備もなく登る17歳の少年・芹沢潤。それを助けようと追う強力の松本孝。登場人物はこの二人だけ。しかもわずか1日の出来事を、すさまじい迫力で描く。
めざすは御獄の頂上。ただ神に会うため。「神様、どうしてぼくは生まれてきたんですか? だれにも、母にさえ愛されずに生きなければならないのはなぜですか?」と思いつめた絶望の青年・潤。意識が朦朧となるなか、煩悶、回想、夢想が続く。
ただ一つの楽しみである自転車を愛する潤は、トゥール・ド・フランスのジャジャの最後の花道、「勝とうとする意思」を思ったり、やさしい祖父母を思い出したり、鬼のような母の呪縛に身震いしたりする。
神を信ずる潤、信じない孝だが、ともに大自然の懐に抱かれ帰る。極限状態のなかで人間と自然、生とは、神とは、業とは、死から生への三変土田の瞬間は何によってもたらされるのか――。死と隣りあわせの緊迫のなかで問いかける小説だ。
「御嶽の噴火によるすべての犠牲者、被災者、ご遺族、ご家族、そして、御嶽に関わって暮らすすべての方々に本書を捧げる」と扉にある。ご冥福を心よりお祈りする。