何ともジーンとくる小説4話だ。舞台は路地裏の地下にある狭い喫茶店・フニクリフニクラ。ところが、これが都市伝説ともなる不思議な「過去に戻れる喫茶店」だ。過去に戻るにはこの店の「ある席」に座った時で、しかも「コーヒーが冷めない間」だけで、「過去に戻ってどんな努力をしても現実は変わらない」等のルールがある。
心温まる4つの奇跡の物語。「恋人(結婚を考えていた才色兼備の清川二美子と恋人の賀田多五郎が別れる話)」「夫婦(記憶が消えていく男・戻木と妻の看護師・髙竹の話)」「姉妹(家出した姉・平井八絵子と旅館を継いでいた妹・平井久美の死)」「親子(この喫茶店で働いている華奢な妊婦・時田計とその子供・ミキの話)」――。
恋人、夫婦、姉妹、親子。いずれも最も近い存在であるゆえに、人は過剰な気づかいと安心ゆえの無関心の日常に覆われがちだ。長い間に蓄積された思い込みや誤解から抜け出せないでいる。その呪縛を解いてくれるのが非日常の極みの「過去に戻れる喫茶店」だ。4話とも「ありがと・・・」で締めくくられる。感動する。かつて映画「HANA-BI」で、一言もセリフを吐かなかった岸本加世子が北野武にたった一言「ありがとう」と言った感動的場面が再現されるかのようだ。何一つ現実は変わらなくとも心が変われば世の中は三変土田する。