自らの責任で難問に断を下す裁判官の苦悩は、社会が複雑化してさらに深まる。「自らの夫婦関係にも悩む女性裁判官のもとに、信仰から輸血を拒む少年の審判が持ち込まれる」というテーマを、英国を代表する作家・マキューアンが描く。時間が切迫し、人命を急ぎ救えと主張する病院側。信仰で救われた家族はそれを拒む。少年は自らの判断をはたして持ち得るのか。裁判官は何に基づいて断を下せるのか。
生命、倫理、社会条理、幸福、法、成年・未成年とは、生きる意味とは・・・・・・。人類永遠の課題にも、一瞬の結論を下さねばならない裁判官。緊迫した状況を深く抉りながら精緻に描き出す。煩悶の結果として、裁判の結論も物語の終結も予想どおりだが、生きたときに「信仰をなくしたとき、世界はどんなひらかれた、美しい、恐ろしい場所に見えたことだろう」「アダムは彼女に期待して来たが、彼女は宗教に代わるなにひとつ、なんの保障もあたえなかった」という更なる深渕に引き込まれる。