時代に取り残された映写技師の信好。ほとんど稼ぎはなく、脚本や評論も書くが採用されない。妻の紗弓が病院の看護師として働いて生計を支えている。互いを思いやる心、優しさ、静かな生活――。喧騒とはほど遠い、愛に包まれた静謐な時間がゆっくり流れ、二人の結び付きをより強くしていく。日常には、疑心も湧くし、無味無臭の嫉妬心や嘘、相手を覗く好奇心や罪悪感もあるが、それを整理し、小さくも乗り越えを繰り返すなかで「幸せ」を噛みしめていく。丁寧な筆致は絶妙で心持よい。
夫婦でなくてもいいが、人生はまず二人から形づくられるのではないかと思う。自他不二、心如工絵師、互いを思う優しさ。紗弓はズケズケと言い過ぎる母との確執をもち続けるが、教養と包容力をもつ父親に包み込まれる。この夫婦にも違う形の信頼と安心感がある。隣の泉タキ夫婦、信好がその下で働くこととなった岡田国男と結婚相手・大村百合、信好と母・テル・・・・・・。それぞれの二人の愛と信頼の形が挿入される。
「あなたいいひとだな」「ごめん、どうしても好き」「年を取れば、どんな諍いも娯楽になっちゃうんだから」――。二人を生きる、極めつきといえよう。