訳者の岸本佐知子さんはいう。「ルシア・ベルリンの名を知ったのは今から十数年前・・・・・・。一読して打ちのめされた。なんなんだこれは、と思った。聞いたことのない声、心を直に揺さぶってくる強い声だった。行ったことのないチリやメキシコやアリゾナの空気が、色が、においが、ありありと感じられた。見知らぬ人々の苛烈な人生がくっきりと立ち上がってきた。彼らがすぐ目の前にいて、こちらに直接語りかけてくるようだった」と。とてもこんなにうまく表現できないので引用させていただいた。全くその通り。人生の起伏が、大いなる振幅が、感情豊かに、しかもラップのようなリズムで迫ってくる衝撃作だ。彼女の作品の多くは彼女の実人生に基づいているが、小説なのか実際なのかがよくわからない。それ以上に圧倒的な迫力でどっちでも良いと思ってしまう。
ルシア・ベルリンは1936年アラスカ生まれ。鉱山技師だった父親の仕事の関係で幼少期より北米の鉱山町を転々とし、成長期の大半をチリで過ごす。3回の結婚と離婚を経て4人の息子を育てる。その間、学校教師、掃除婦、電話交換手、看護助手などをして働くが、アルコール依存症にも苦しむ。数少ない短編小説の中で、本書はその中の24の小説を選んでいる。いずれもこれほどの躍動感、洞察力、迫力、詩情、したたかな生命力、むき出しの言葉とユーモアはないと思わせる作品ばかりだ。とにかく庶民の泣き笑い、ズルさや怠惰、たくましさや怒り、死に直面する恐怖と寂寥が激しく迫ってくる。それらは、今の時代に最も欠け、隠蔽されているように思える。同時代を生きた者の一人として、感じることも多く、また日本と違って、荒々しい米国、チリ、メキシコの生々しい生活の実態に抱え込まれる。リズムある訳の素晴らしさにも感動する。拍手。