
人は皆、欲望に突き動かされて生きている。欲望には正(善)のものも、怒りや憎しみといった負の感情もある。
欲望のままに生きて規範を破らない、というのはどういうことであろうか――これを脳科学から述べている。
孔子に負の感情がなかったはずはない。年とともに正・負の感情が萎えてしまったわけでもないだろう。
むしろ凡人と同じように、立ち上がってくる心の中のさまざまな負の感情を、ポジティブに転換していく?魂の錬金術?のようなものを獲得したということではないか。そう茂木さんはいう。
脳の中で負や正は相対的という。好きキライも倒錯する。子供の時のビールは苦くてキライでも大人になると好きになる、といったのがそれだ。そういう負から正へのダイナミクスが脳の中にあるという。人生、ポジティブに生きよう、などといわれる。しかしポジティブにばかりなっていられないのが人生でもある。
ポジティブかネガティブかと、対立して捉えるのが正しいのではない。「肯定的な感情は、否定的な感情があるからこそ健全に育まれる」というのが茂木さんの考え方だ。それが脳だという。
泥の栄養をたっぷり吸って咲く蓮の花が美しいように、孔子の「七十従心」とは、怒りや哀しみもすべて引き受ける、あまりにも人間的な生の中から生まれた境地なのかもしれない。