神と人間存在を問うドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」の続編を書き、カラマーゾフ事件の真相を究明するというのだから、その勇気にまず驚いてしまう。しかも江戸川乱歩賞だ。物語は「カラマーゾフ事件」から13年後のこと。次兄イワンが未解決事件課の特別捜査官となって、真相究明のために郷里に乗り込んでくる。それに帝国科学アカデミーの会員であり心理学者でもあるトロヤノフスキーが加わる。
無神論者・イワン、そして「天使的」な性格とみられる元聖職者アレクセイ(アリョーシャ)を中心に物語は展開されるが、その命の深淵にはカラマーゾフ家に生まれたばかりのか弱い妹の死がある。イワンの多重人格、アレクセイの倒錯・異常の心の深淵だ。
「カラマーゾフの兄弟」は「大審問官」で神と人間、国家、教会などを圧倒的な力で迫ってくる。重苦しいほど存在そのものに迫る。この「カラマーゾフの妹」は、そうした小説ではないが、「神がいなければ、全ては許される」「神はいない。だから全ては許されている」とイワンとアリョーシャの心因を突きつけつつ、スメルジャコフ、リーザなど関係者の打ちのめされた心理をも加えて謎解きにとりかかる。1800年代後半から立ちあがるニヒリズムと科学をその背景として描いている。