
小説は物語、ストーリーの面白さと思っていたが、この「未明の闘争」は全く違う。あるのは生命の流れだ。その生命の流れが次々と絵巻物のように、しかも時空を飛んで連続する。記憶をエピソードとしてまとめず、自由に生命のおもむくまま飛ばす。思ったのは仏法の法概念。「法とは水(サンズイ)が去ると書くが、目の前の水は既に今あった水ではなく去っていく。しかし目の前の水は常に厳然と絶え間なく流れゆく。無常と常住の十字路に今の瞬間を位置づける。それが中道の生命である」――。その諸法実相の世界を時空を越えて描いたのだと思う。死んだ友人が目の前に現われたり、子供の頃の思い出が突然出てきたり、音楽や哲学がサッと現われたり、家族同然の猫の生老病死が語られたりする。しかもどれも温かい。
「人生の時間の流れに出遭いや出来事が点在するのではなく、出遭いや出来事が起きるそのつどそのつど人生の時間の流れが起こる」「現在とは何十年前であろうと、それを現在状態たらしめようとする記憶装置なんだ」「ジョジョは突然、"アオーン!アオーン!"とカン高い声で激しく鳴きながら、二階に向かって階段を駆け上がった。いまボッコの魂が去ってゆくのがジョジョにわかってそれを追いかけた」・・・・・・。「私は一週間前に死んだ篠島が歩いていた」という冒頭の一節から、定番とは違う世界にいきなり誘い込まれた。