
日本を愛したスパイ、ドクター・ハックことフリードリッヒ・ハック。副題には「日本の運命を二度にぎった男」とあるが、ひとつは日本を悲惨な戦争に導いた日独伊三国同盟(1940年4月27日)に至る契機となった1936年(昭和11年)11月25日締結の日独防共協定にかかわったこと。ヒトラーのファシズム国家ドイツと軍国主義の日本が協力してソビエトの共産主義の進出に対抗しようとした条約だ。そしてもうひとつは、「日本を戦争から救い出す」ための和平工作(藤村・ダレス工作とヤコブソン工作)だ。
ヒトラー側近のリッベントロップ、日本陸軍駐独武官・大島浩、リヒャルト・ゾルゲ、酒井直衛、藤村義郎、アレン・ダレス、ゲーロー・フォン・ゲヴェールニッツ、そしてアーノルド・ファンク監督と原節子・・・・・・。緊迫した世界のなかで、日本とナチスを結び付けた十字架を背負いつつ、反ナチに立ち上がり「日米開戦不可を警告」日本に早期の和平を説いたドクター・ハックの人間像と時代の舞台裏が浮き彫りにされる。より鮮明にされるのは戦争末期の軍人・官僚の世界からの孤立と、情報遮断、そして思考停止だ。本書が今、出版されたということはそれは過去の話ではないという指摘だ。