長篠の四人 信長の難題.jpg天正3年(1575年)4月、武田勝頼が長篠城を急襲する。勝頼の狙いの本丸は、三河・吉田城の奪取であり、野田城や牛久保が焼討ち等で脅かされる。たった500の軍勢で踏んばる奥平九八郎信昌。城を支配下におく家康は信長に援軍を頼み、勝頼を三河から蹴りだそうと織田・徳川連合軍が立ち上がる。そこに戦歴充分で鉄砲術の名手である明智光秀と、圧倒的な情報収集力と土木作事の名手・羽柴秀吉が信長の懐刀として派遣される。この時代を画した決戦は「鉄砲対騎馬武者の戦い」として知られるが、その真実は如何。

信長の無茶振りに、いつも翻弄される家康・秀吉・光秀の3人。今回は「織田軍の一兵も損せずに武田に勝て」「84日間で守り抜け」という難題だ。調子のいい秀吉、流浪が長かった還暦間際のちゃらんぽらんな老人・光秀、苦労と努力を重ね慎重な家康、それぞれが描かれ面白い。私の故郷の新城、野田城、牛久保、吉田(豊橋)、そして遠足で行った長篠城・・・・・・。なつかしい。

プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任、公明党前代表。元国土交通大臣、元水循環担当大臣。

現在、衆議院議員、党全国議員団会議議長、東京第12総支部長、首都直下地震対策本部総合本部長、現代中国研究会顧問など。

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