17歳の高校生であった外村は、ピアノの調律に出会い、衝撃を受け、調律師を志す。自らの素質に悩みながらも先輩の暖かさに囲まれ、素直に真正面から取り組み成長していく。音にかかわる深い世界を、素朴に、繊細に、心に沁み入るように描いている。静謐さ、しっとりした湿度、透明感が伝わってきていい。
羊のハンマーが鋼の弦を叩く。それが音となり、音楽となり、静謐で安らぎのある森の世界へと導く。「明るく静かに澄んで懐しい。甘えているようで、きびしく深いものを湛えている。夢のように美しいが現実のようなたしかな音(原民喜の文体の表現を使っている)」――外村が調律で目指そうとしたものだ。「家の中のどこにいてもなんだか安まらなくて・・・・・・すぐ裏に続いていた森をあてもなく歩き、濃い緑の匂いを嗅ぎ、木々の葉の擦れる音を聞くうちに、ようやく気持ちが静まった。・・・・・・どこにいても落ち着かない違和感が、土や草を踏みしめる感触と、木の高いところから降ってくる鳥や遠くの獣の声を聞くうちに消えていった」「ギリシャ時代、学問といえば、天文学と音楽。音楽は根源なんだよ。・・・・・・無数の星々の間からいくつかを抽出して星座とする。調律も似ている。世界に溶けている美しいものを掬い取る。その美しさをできるだけ損なわないようそっと取り出して、よく見えるようにする」「外村くんみたいな人が、根気よく、一歩一歩、羊と鋼の森を歩き続けられる人なのかもしれない」・・・・・・。沁み入るようだ。