貧しさは人間を押しつぶす。科学・技術・文明のもたらす豊かさには危険な代償がある――。時は明治、大正、昭和の初め。場所は徳島、大阪、東京、そして満州へ。小舟が激流に翻弄されつつ歴史の真ん中へと進むかのように、悲憤をはらみつつ田舎育ちの貧しき青年の人生が濁流に飲み込まれていく。
徳島の貧しい葉煙草農家に生まれた少年・郷司音三郎。機械を見れば寝食も忘れるほどの技術少年が、"電気"と出会い、魅せられる。有力者によって職工から引き上げられ、無線機開発で頭角をあらわし、東京帝大卒にも伍して真っしぐらに進む。そして、学もなく貧困にあえいだ青年・音三郎は、劣等感を意地に変えて懸命に走った。なんと気が付けば1928年(昭和3年)の満州某重大事件、張作霖爆殺事件の真ん中に押し出されていた。
宿命、欲望、個性、貧困、劣等感、意地、職人の生真面目さ、貧しさに押しつぶされる人間の変質、技術と人間、技術の暴走と戦争、文明の功罪、その代償・・・・・・。提起する問題は重く深い。
小さな徳島の一寒村の点が、世界の動乱と文明に乱反射する。その人間の内と外との壮大なスケールは驚くばかりだ。