世界の戦乱・事件・災害等の生死を背景に、人間の実存と存在に迫り、問い続ける希有の作品。主人公のアイはシリアで生まれ、子どものいないアメリカ人のダニエルと日本人の綾子夫妻の養子となり、日本で何不自由なく暮らす。しかし、恵まれた環境に育つなかで、「なぜ私が?」「世界で起きる不幸のなか、自分のみ免れ、幸せでいいのか」「他の幸せを奪っているのではないか」「血のつながりのない自分のアイデンティティーへの不安」「恵まれていることへの罪悪感」に常に襲われる。そして高校1年生の数学の授業で教師の放った「この世界にアイは存在しません。」の一言がずっと心に突き刺さる。アイは自身の名であり、「私」であり、「愛」であり、「数学の"虚数"(実在しない数)(i×i=-1)」でもある。考え抜かれた題名自体に驚く。
アイは世界の戦乱・事件、9・11テロ、東日本大震災、自身に関係するシリアやハイチの危機に敏感に反応し、自身の宿命、存在、アイデンティティー、そして血縁、家族、愛を考え続ける。ピュアな妥協なき求道ともとれる追求の姿に引き込まれる。そして生老病死の追求とアイデンティティー崩落の危機を、アイを全的に肯定する家族・友人の心と愛情によって救い出される。「この世界にアイは、存在する。」「世界には間違いなく、アイが存在する」「私はここにいてもいい存在、いなくてはいけない存在だ」とベクトルを健やかに反転させていく。